フランスの国策経済、実は日本の天下りに酷似

11月25日の産経新聞一面には、「衝撃 ゴーン逮捕 下」という解説記事が載っている。紙面の都合で後半部は第3面に掲載されているがそこでの見出しは「企業干渉は当たり前」とある。少し記事の内容を見てみよう。

「仏大企業のトップは、多くが高級官僚の天下り、学閥エリートが政財官を行き来し、国策経済の先兵となる」

「仏紙ルモンドの元経済記者、フィリップ・シモノは『天下りエリートを媒介に国が企業を主導する。世界市場の動向とは切り離された、フランスの特異なシステムだ』と指摘する」

シモノの指摘「フランスの特異なシステムだ」であるが、そう思っているのはシモノだけかもしれない。天下りが政府の意を受けて企業をコントロールする所は「フランスの特異なシステム」ではなく今まで「日本の特異なシステム」だと理解していた。

私が働いていた石油開発業界では国際石油開発帝石と石油資源開発という2社が経済産業省が支配している会社である。当然トップは代々天下りだ。適材適所ではなく、順に待機組が回ってくるという感じだ。石油資源開発の社長に若杉という人がいた。彼の前職は三菱電機の副社長であった。政府が資本的に支配権を持つ会社だけでなく、多くの私企業にも天下りが経営幹部として天下り、政府の意向に沿わせる仕組みになっていることが分かるだろう。そのことをメディアは取り上げないのだが、或る意味で日本はフランス以上に国策経済国なのではないだろうか。

 


あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(3)

次にあげる例は産経新聞(11月7日)の「正論」欄の、西尾幹二による「日本は米国に弓を引いたのか」という意見だ。西尾は米国のペンス副大統領の10月4日の演説を例示しながら、米国に対する中国の干渉とそれに対する米国の決意を説明している。すなわち、

「米国は気付くのが遅かった。しかしここまでやられたので国防権限法を発動して、軍と政府のすべての機能をフル稼働させ中国の侵犯に対して自らを守り、全面的に対決することを宣言したのがペンス演説である」

とまとめ、「日本人はこの米国の本気度をどの程度、理解しているだろうか」と懸念している。勿論ここでは「日本人は」としてぼかしてはいるが本当は「安倍政権は」と言っているのは誰にでも分かるだろう。そして、

「このような折も折、わが国はとんでもないことを引き起こした。ペンス演説を政府の要人が読んでいなかったとはまさか思えない。強い警告が出されていたのを承知で、日本政府は安倍首相訪中により対中接近を図った。3兆4千億円の人民元と円のスワップ協定を結んだ。外貨が底を尽きかけた中国でドルの欠乏を更に加速させるのが米国の政策である。これは習近平独裁体制への攻撃の矢である。日本の対中援助は米国の政策に弓を引く行為ではないか」

と強烈に安倍外交を批判している。そしてさらに、

「日本の財務省は、スワップ協定は……対中援助ではないと言っているが、詭弁も甚だしい」

と切って捨てている。

従来「正論」にこれほどの安倍政権批判はなかったように思う。深層流の方向が変化したと感じざるを得ない。

 


あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(2)

2番目の例は、11月1日の『湯浅博の 世界読解』に載せられた「北京五輪後10年という不吉」という記事だ。湯浅は、

「実は08年に開催された北京五輪の際に『全体主義国家は、五輪後10年ほどで崩壊するという原則がある』という研究者間のささやきがあった」

と紹介し、

1936年のベルリン五輪⇒1945年ナチスドイツ崩壊

1980年のモスクワ五輪⇒1991年ソ連崩壊

の例を挙げて、

2008年の北京五輪⇒2019年 中国崩壊??

はあるのかと可能性に触れているのだ。

確かに2018年は米中貿易摩擦が顕在化し中国は追い込まれ、日本に好意的な振りをして見せている。その状況の中で行われた、先の日中首脳会談での安倍首相の振る舞いについて湯浅は、

「お付き合いついでに『競争から協調へ』などと、孤立する中国に救いの手を差し伸べるようなきれいごとは余計な事であった」

と冷静に批判している。極端に言えば「外交の安倍」など演出で「外交下手の安倍」だと言っているのである。

そして最後の言葉、

「米中新冷戦下の対中接近は危うい」

は柔らかい表現ながら、

「バカなことをするんじゃない」

と安倍首相を叱責しているのである。

安倍官邸の言論統制力に陰りが見えるではないか。

 


あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(1)

産経新聞が御用新聞であることは多くの人が認める所であろう。経産省という官庁名の上下をひっくり返せば産経になるのだから分かりやすい。常日頃政権擁護、政策肯定の姿勢を取ってきた産経新聞の紙面に何故か最近安倍批判と受け取れる記事が増えてきたのだ。その意味する所は深い。先ずは安倍批判らしき表現を追ってみよう。

まずは、対中国政策への安倍批判を幾つか挙げよう。

  1. 10月28日日曜経済講座(田村秀男)「デフレで余るカネ…中国へ」

冒頭は「世界が同時株安に揺れる。国際金融市場安定の鍵を握るのは世界最大の貸し手である日本だが、もっぱら中国に吸い寄せられる。なぜなのか」である。そして、アベノミクスの前である2012年6月と2018年6月での、邦銀対外融資残高、国際決済銀行(BIS)加盟国の銀行融資合計額、米銀の対外融資額、英国の銀行の対外融資額の変化などを例示して、「邦銀が国際金融市場を全面的に支えてきたのだ」と述べている。さらに、

「ドル金利上昇は新興国や発展途上国から米国への資金還流を促す。FRBの金融引き締めに伴う世界への衝撃を和らげるのが日銀漢和で、融資を荷うのが邦銀だ」

と看破する。

なるほど、そうだとすると、アベノミクスは日本のデフレ脱却の為だと言いながら、実際には日銀の”異次元”金融緩和しか行われなかった感があるが、それは、米国が金融緩和からの脱出を図る時の世界経済へのダメージを防ぐ役割を担わされていたというのが本当なのかもしれない。そしてそれは田村秀男の「せっかくの異次元緩和は国内のためになっているとは言い難い」が現実との整合性を持つことを意味している。米国の金融政策の負の部分への対応を日本がさせられたことが明白になったのではないか。国会でのアベノミクス賛否論議など、上っ面の議論に過ぎないとも言えよう。

話は対中関係に移るが、

「習氏が熱望してきたのが、日本の対中金融協力だ。安倍首相は今回の訪中で、3兆円規模の通過スワップ協定に応じた。…円はいつでもどこでもドルに換えられる正真正銘の国際通貨だ。外貨難に苦しむ中国が「日中友好」の甘い言葉をささやき続け、通貨スワップ協定に日本を誘いこんだ。…安倍政権の方は来年10月からの消費税増税実施を約束している。デフレ圧力は強まり、国内資金需要低迷は確実、余ったカネは中国へと流れる。一体、増税は誰のためなのか」

との結論を見れば、安倍首相が、米国のための尻拭い金融政策をとり、かつ中国に資金を供給する政策を選択していることが良く分かるだろう。国内向けの説明など、まことしやかな嘘であることも同時に分かるだろう。

産経新聞の経済講座が安倍政権の金融政策などの正体を暴くなど、今までは考えられなかったことだ。

 


人手不足の原因を作っておいて、不足だから外国人をというのは何とも愚かな事

需要と供給の関係は経済学というより、当たり前の関係であり、誰でも理解していることであろう。そのバランスを崩せば需要過多=供給不足、需要不足=供給過多である。人手に関しても同様である。

さて、東日本大震災という未曽有の災害に見舞われた2011年、岩手県、宮城県、福島県では復旧、復興という急務が発生、しかも長期にわたって継続することが予見された。福島原発でも補強工事や、解決策のない放射能汚染水の貯蔵タンク群の工事などが必要となった。そしてそれらは震災後ほぼ8年が経過した現在でも続いているのである。

工事における人手不足は大震災直後から大きな問題になっていた。私は2011年9月に仙台市内のマンションの購入を決めた。しかしすぐには入居が出来なかった。壁紙が破れ、クローゼットの扉が床に落ちている状況で補修が必要だったのだが、業者の手配ができず、結局入居は12月に延期せざるを得なかった。

その人手不足の中、「福島原発はアンダーコントロール」と嘘をついて安倍首相は、3兆円の運動会とも言うべき、言わば不要のオリンピックの東京誘致を進めたのである。人手不足の所にまたもや人手を大量に必要とする大規模な工事を決めたのである。つまり今日の人手不足は回避可能なものであった可能性が高い。愚策、誤判断という人災と言えようか。

人口減少が激しい我が国における労働力の割り振りや、長期にわたる平滑化を調整することこそ政策に求められるものではないか。人口減少に伴って住宅は空家だらけ、農地は耕作放棄地に変容する。従来型のインフラ整備、”国土強靭化”の名の下の土建業仕事づくりではない、発想の転換が必要に既になっている。安倍政権の更なる愚行は、自ら作り出した感のある人手不足を埋めるために、国家の基本たる国民構成を揺るがす、移民政策により対応しようとしていることである。日本国家として取り返しのつかない状況が予見されるだけに、亡国の政策と云わざるを得ない。

そして今度は大阪万博誘致だとか。イベント屋の如く、結果などお構いなしに大型プロジェクトを乱造する経産省に“操られる”安倍政権はさらに人手不足を”創出”し続けているのである。この暴走を止めるものはいないのか。「お友達内閣」に「友は類を以て集まる」を加えれば寂しい未来しか見えてこない、嗚呼。

 


米国に押し寄せる群衆を何故移民と呼ぶのか?

近年、SNSなどの普及で社会での出来事が大騒ぎになることがある。かつては国会へのデモ行進などが、ある意見集団の意思表示の手段であった。それは国会前への集合などそれなりに手間も費用もかかる事であり、単なる“騒ぎ屋”には負担が重いものであった。つまりそれだけの強い主張がなければ普通はなしえない行動だったのである。国会議員選挙などに於いて供託金を納めさせて”遊び”での立候補を防ぐのに似ていると言えば分かりやすいか。

然るにネット時代となり、”騒ぎ”への参加が労力も費用もなしに可能になると、その”遊び”防止策がなくなってしまった。その結果ネットをよく使う階層の、熟慮の結果とは言えないような意見が、世論の中の多数のように振る舞いながらうねっていく状態が頻繁になってきた。しかも悪いことにネットユーザーは匿名で発信する。すなわち発言に責任をもたない“意見”なのである。

しかしその騒々しさと、それを国民大多数の意見の如く取りあげるメディアのお陰で大きな影響力を持つにいたった。新潮45の廃刊などはその例ではないだろうか。記事の内容に異論を持つ人もいるだろうが、それならばきちんとした形でその意見を述べるべきだろう。いかにもミーハー的な行動に見えるだけでなく、そのような一部の人間の“騒ぎ”で社会が動揺するようなことがないように、ネット、SNSの利用に何らかのルールが必要なのではないか。

これを放置すれば民主主義は崩壊し、文字通りの衆愚政治の世の中になってしまうだろう。パソコンを操作したことのない人がいても構わないが、そう言う人をサイバーセキュリティを担当する大臣にするなど本来考えられないことだ。自民党内の例えば二階派などという一部の意見が強く、大臣選考が見識や実力ではなく、その派閥の力の反映として決まるなど、まさに衆愚政治の特徴を見せている。

さて、米国に入国して職を得ようと押し寄せる群衆を何故「移民」と呼ぶのか。明らかな間違いではないのか。ホンジュラスでは政治が悪く、生活が苦しいから国を脱出する。本来国民が自らの国を変革し、国民の生活をより安全に、より豊かにすべきだ。その努力をせずに他国に押し寄せて、移民として受け入れよと要求してよいものではないだろう。米国に入国する権利など何処にもないのである。その状況は、腹が減ったからと物乞い、乞食の類が豪邸に押し掛けるのに似ていないか。押しかけられた方に食料を与え、住む所を提供する義務などないことは自明だろう。また、失業者の群衆が大手企業に押し掛けて雇ってくれと言っても、それを聞き入れる義務など全くない。警察に依頼して排除するのが当然だ。米国が、移民としての受け入れを望むなら正式な手続きをせよというのは当然なのである。

今のメディアも一部の人たちも、そう言う要求を満たしてやるのが単純に“良いこと”としていないだろうか。さわらぬ神に祟りなし、の精神では健全な社会にはなれまい。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(165)年次探鉱計画策定(5)

年次探鉱計画は次年度の探鉱作業計画を策定するものである。単に試掘位置の有望性の評価だけで終らない。実際に掘削するためには、敷地、そこに至る道路、橋などが必要である。さらに、日本国内の敷地となりうる平地の殆どは農地であるので、農地の転用手続きも必要である。掘削現場で使用する水の手当ても重要事項だ。すぐそばにとうとうと流れる川があっても水利権という面倒な規制があり、泣く泣く遠方からタンクローリーで水を運ぶことも珍しくない。日本の農業は、水利権も含め、規制と補助金でがんじがらめであり、凡そ自由主義経済の国とは思えない状況だ。自民党という政党の基盤が田舎の農業従事者、すなわち百姓政党の色彩を持つことに原因があるのだろう。

さて、そのような道路、橋、農地転用などの調査、交渉、そして許認可取得などを担当しているのは国内の場合は各鉱業所である。各試掘位置(ロケーション)に関するそのような事項の調整は本社探鉱部の各地域担当主査と各鉱業所の探鉱開発課を窓口として煮詰められていく。そしてそれらを正式に確認するために現地を視察して回る現地会議というものが実施される。それは実際にロケーションを訪ねて、諸条件を確認する「現地確認」と鉱業所における書類手続きなどの準備状況と、許認可取得スケジュールの確認などの2部構成で行われる。

その『現地確認』が形骸化するとややもすると「遠足」と呼ばれてしまうような状況に陥りやすい。ある意味で本社と鉱業所の探鉱関係者の交流の場でもあり、夜には大々的な懇親会が開かれるのが常である。時には言い争いが起こったり、いろんな人間模様が見られる場でもある。

そして本社で行われる探鉱本会議で年度計画が最終的に策定されることになる。

 


『オホーツクの鯱』を電子出版した

『オホーツクの鯱』は海外アクション小説シリーズの第一作である。約6年間を実際に過ごしたサハリン駐在生活での経験をもとに、現地の空気を生々しく表現することに努めた。習慣や料理までロシアの理解に役立つ描写もあると思う。ロシアそしてサハリンが身近なものになることを期待する。以下に紹介文を載せておく。

(紹介文)

コズロフスキー知事の謀略に追い込まれたセミョーノフは自殺する。娘と娘婿の二人はその復讐を伊達清、千代の二人に依頼する。

サハリンに潜入し、伊達のかつての恋人ターニャ、その娘のアーニャ、そして現在のターニャの夫である旧友のセルゲエに会い、セルゲエの協力で危機を脱出した伊達は、千代と二人でオホーツク海の荒れる海の、海面すれすれをヘリで超低空飛行して再度サハリンに向かい、海岸での式典で祝辞を述べているコズロフスキーを急襲する。殺害方法はセニョーノフの恨みを晴らすべく限りなく残酷な方法とした。

脱出のために再びオホーツク海上を東に飛ぶヘリをミグ戦闘機が追跡する。近づくミグ、伊達と千代はヘリを脱出して海中に逃れるが、その直後にヘリはミグのミサイルで撃墜される。そしてその先には何と『オホーツクの鯱』が…

息詰まるシーンが多い中に、アーニャが伊達の娘であったこととそのアーニャとの交流など心温まるシーンが織り交ざっている。『オホーツクの鯱』というタイトルの意味が興味深い。

 


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