「痛恨の極みだ」との言葉に無責任さが表れている

「私の内閣で必ず取り戻す」「あらゆる手段で」と毎年、機会があるたびに拉致被害者奪還の決意を述べてきた安倍晋三首相は、拉致被害者の一人、有本恵子さんの御母堂の死去の報を受けて「何とか元気なうちに恵子さんを取り戻すことができなかったはまことに痛恨の極みだ」と述べたそうな。(新聞)

あれだけ決意を述べたが、北朝鮮との対話もできずに来た責任者が言う言葉ではないのではないか。しかも常日頃「政治は結果責任だ」と言っている人なのである。無策、失策、失敗を「痛恨の極み」で済まそうとするのはある意味で卑怯である。「詫びるべき」立場であり、場面であろう。

産経新聞(28日)の「主張」には「有本さんの母死去」と題する産経新聞の意見が載っている。

「嘉代子さんらは娘の救出に向けて、安倍首相とトランプ米大統領の手腕を信じていた。政府には、この信頼に応える責務がある。拉致事件の解決を政権の「最優先、最重要課題」と繰り返してきたのは、ただのうたい文句ではあるまい。あらゆる手段を講じて被害者の帰国を実現すべく、決意を新たにしてほしい」

「安倍首相とトランプ米大統領の手腕を信じていた」こと自体が誤りだったとしても、それしか方法がなかったのだから気の毒である。しかし日本政府に責任があることは産経新聞の主張通りである。政権の「最優先、最重要課題」がかくも軽く扱われていることが許せない。しかも、実は机の上には何の選択肢もないのにも関わらず、「必ず取り戻す」などという態度も「フェイクの極み」といえまいか。

産経新聞は安倍晋三首相に対して、「決意を新たにしてほしい」という。そんなもの掃いて捨てるほどしてきたではないか。必要なのは口先だけの決意(リップサービス)ではなく「行動」である。「能力以上のことを求めるのは良くないこと」との言葉があるが、産経新聞は「何もできないのは分かってはいるがせめて繰り返しの決意表明くらいしたら」と言っているのかもしれない。

産経新聞も惰弱である。(なんとダンジャクだごど!!)

 


片平忠實氏を悼む

突然友人から石油資源開発株式会社の元副社長、片平忠實氏の訃報が届いた。昨年1118日に逝去なさったそうである。私より16歳の年上だから87歳だったはずだ。パワハラ、モラハラに苦しめられた石油資源開発勤務だったが、その中で何人かの人に助けられた。片平さんはそのうちの一人である。以下に片平さんの思い出を書いてお悔やみの言葉としたい。

初めてお目にかかったのは入社して吉祥寺に在った技術研究所の航空写真地質研究室に配属になった時の事である。老田紘一氏という、まじめで仕事熱心な、尊敬すべき指導者の下で社会人の第一歩を踏み出したのだが、その研究室の主任は本社(大手町ビル)探鉱部次長の片平忠實氏が兼務していた。当時は「鬼の片平」と異名をとる、精悍ないかにも“男”と言う感じの人だった。

その”鬼”の優しさを発見したのは最初の北海道岩見沢の地表地質調査に出かけた時である。指導に来ていた片平氏が人夫が連れてきていた犬の足を誤って鉈でわずかに切ってしまったときに「ごめんよ、ごめんよ、痛かったか?大丈夫か?」と言いながら犬の足をのぞき込み、頭をなでている姿を見たのである。犬にあれほど頭を下げ、心配する人を初めて見た。見かけによらず、何と優しい人なんだ、と感じたのである。

京都大学を卒業して旧石油資源開発に入社し、石油資源開発草創期の国内石油探鉱に参加した。京大閥で固まっていた探鉱部に於て将来を約束されていた人でもあった。(学閥の力は顕著であり、逆に京大卒でないものは”外回り”専門なんてこともあった)

そのフェアウェイを真っすぐに、という片平氏が壁に当ったのはコンピュータージオロジーなる“まがい物”を否定したことが原因であった。石油開発公団石油開発技術センターに入社間もなく出向させられ、そのコンピューター地質を担当させられ、扱って見て、「こんなものクソ役に立たない」ことを説明する研究論文をまとめ、公表しようとしたときに、私は通産省から出向してきた業務課長に、コンピューター利用促進の役所の方針に反するからと発表を禁止された。(当時の畠山副所長から「主張は理解できるし賛同するが、君の将来のために良くないからあきらめたほうが良い」と説得されたことなど当時については「園翁自伝」に書いている)

石油公団の鯨岡(理事?)というコンピュータージオロジー推進派ににらまれ、聞いた話では「片平を首にしろ」との圧力が加わったという。

そういういきさつの結果であろうが片平氏は南スマトラ石油開発というインドネシアのプロジェクト会社に出向となった。(私が潰れかけていたジャペックスオマーンに出向させられたのと相似形である)

先の石油開発公団の鯨岡氏が石油資源開発に天下って常務取締役となったのだから片平氏の会社での道は閉ざされたかに見えたのだが、人生は分からないものだ。その鯨岡常務が舌癌で亡くなったのである。そして探鉱担当役員を生産屋の矢部孟氏が兼務することになる。その矢部孟氏が片平氏を探鉱部長で石油資源開発に戻したのである。矢部孟氏は絶対服従するものを引き立てる。時流のコンピュータージオロジーに反対した反骨の士、片平はその時点で反骨精神を封印し、矢部孟氏に服従したように思える。なぜならそれ以前の片平氏とは全く異なる片平氏に変わっていたからである。

サハリンに6年、オマーンにまた6年と追い出されるたびに油ガス田を発見、開発した私が本社に戻った時に、北海道勇払の評価開発検討チームのリーダーにしてくれたのは片平氏である。国内探鉱の終焉を見越し、残存鉱量と経済性の検討を私にさせ、その結果、国内探鉱を収束させるとの探鉱部の方針を纏めて幹部社員に説明を実施できたのも、片平氏の依頼に基づくものであった。片平氏の先見の明と、会社の将来、特に探鉱関係者の先々の人生をも考える姿勢に私は敬意を今も抱いている。望むらくは独裁者のいない環境で思う存分の活躍をしていただきたかった。さすれば現在のような石油資源開発にはならずに済んだと思っている。

さて片平氏は静岡県庵原郡の、つまり清水の少し東の山に入ったところの村の出身である。清水(東?)高校から京都大学に進学したと記憶する。時折というか屡々静岡方言が口から洩れた。実は私も静岡県人である。そこである時社内で静岡県人会を作ろうということになり、片平氏に会長になっていただいて活動した。資格は静岡県に縁が強く、静岡弁を話せることとした。県人会では「やっきりする」「おぞい」「ごせっぽい」などの方言が飛び交う愉快な時間を共有できた。

私は矢部孟氏に一度も膝を屈することなく接した。だから早期退職し現在に至っている。会社人生としては地位的にも経済的にも恵まれたとは言えまい。しかしその結果、現在の充実した人生があるのだ。片平氏は違う道を選んだようだ。副社長にまで上り詰めた。私は個人的には、片平氏にはあの30代の「鬼の片平」の儘に野太く、豪快にそして知的に石油開発業界を引っ張って行ってもらいたかった。そしてその方が片平氏自身にとって満足のゆく人生だったのではないかと思う。

『お前は、本当に会社を辞めるのか…』と最後にお目にかかった折に呟きながら私を寂しげな目で見つめたその目を、今もはっきりと覚えている。

書きたいことは山のごとくあるのだが、それは叶うまい。私の人生に於て片平氏との出会いは特筆に値することだった。遠く仙台の地からご冥福を祈りたい。

ご遺族の方の連絡先も存じ上げず、直接お悔やみの言葉も申し上げられないことが残念である。片平さん、いや、片さん、ありがとう!

 


作戦コード「ゴーン」

北朝鮮による拉致被害者、有本恵子さんの御母堂が94歳で亡くなられた。ロンドン留学中にさらわれてそのままの別れになってしまった。その心中察するに余りあるものがある。日本国政府(総理大臣)は拉致被害者の奪還への決意を語るのみで、実効的なアクションを起こしていない。行動し、一部でも取り戻したのは小泉純一郎元首相だけである。拉致被害の発覚当初から政府は拉致そのものを無いことにしようとしていた。近年の対応は拉致被害者及びご両親などが死に絶えるのを待っているかのように感じる。

政府にお願いしても埒が明かぬからと、米国に訴えても、もとよりこれは方向違いだ。そして誘拐犯に「返して」というだけに似た北朝鮮との交渉。そんなことで帰るわけがなかろう。

フランス政府が日本政府にゴーン被告の扱いの改善を求めても日本は何ら対応しなかった。合法違法は別として、北朝鮮が呼びかければ返還すると考えるのは甘すぎると言えよう。アプローチの方法を間違えたのではないか。日本から「不法に」拉致されたのであるから、奪還方法にはもっと別のものがあったのではないか。

ゴーン被告は日本から逃亡した。そのまま裁判を受けて、最高裁まで争えば10年はかかるという。もしも最高裁で無罪を勝ち得たとしても彼の人生、そして彼の家族の人生は取り返しがつかないことになる。脱出する気持ちはよくわかるのである。その脱出には十数億円の費用が掛かったと言われるが、実際にできたのである。

世のお叱りを受けるかもしれないが、プロを雇って、拉致被害者奪還を試みることも考えてはどうなのか。作戦コード「ゴーン」として。

古きは明石元次郎、毀誉はあれど後の辻正信などの軍人がいれば違った展開があったのだろう。経済産業省が日本の政治を牛耳るようでは、政府への陳情など無意味のように感じる。

有本さん(母)の無念を晴らすのは誰か。その出現を願って已まない。

 


一億総不活躍か?壮大な無駄に見えるテレビ番組(2)

昨日は企業における無駄情報の共有の害について述べた。今度は対象を広げ、一般的な事象でとらえてみよう。

このところ中国は武漢で発生し、あれよあれよという間に世界に拡散し続ける新型肺炎に関する報道が多い。日頃から何故か中国に弱腰の安倍晋三首相が中国から遠く離れた国々よりも生ぬるい新型肺炎対策をとるので、WHOのトップと同じような事情を抱えているのかと感じてしまった。

ともあれこの話題がニュースで取り上げられる。25日のテレビの番組欄を見てみよう。どのテレビ局も報道を軸にしたワイドショー的な番組をそれこそ朝から夕方まで並べている。

フジテレビ(仙台放送)では、朝525分から「めざましテレビ」、続いてそのまま8時から「とくダネ!」、又も引き続き950分から「ノンストップ!」、少しトンで1150分から「バイキング」、それが終われば1345分から「直撃グッデイ」、さらに1650分からは「it!」と続くのである。TBSも似たようなもので、「あさチャン!」「グッとラック」「ひるおび!」「ゴゴスマ」「Nスタ」とこれまた似たようなもののオンパレードだ。テレビ朝日ほか他局も似たようなものである。そして内容には「新型肺炎がらみでクルーズ船」が取り上げられている。

26日、毎月の検査の日なので医者に行った。待合室のテレビがちょうどそう言った番組を流していた。順番待ちをしている間、聞きたくなくても聞こえてくる内容に驚いた。クルーズ船の中の様子を微に入り細に入り説明している。食事はどのように提供されるのか、自由があるか、コメンテーターと称するものが精神面が心配と発言する。聞いていて馬鹿らしくなった。そんな内容など知らなくて何の問題もないことばかりだ。しかも同じ局でも一日中同じテーマでワイワイやっているのである。これを見ている人たちは仕事にはなるまい。よほどの暇人かと思う。

「一億総活躍」というならば、こんな馬鹿げたテレビ放送をひねもす見ている人をもっと生産的なことに誘導すべきだろう。そのためにも、何の役にも立たぬ情報番組とやらを廃止させればよい。放送を一日中する必要性などないのだから、昔のテストパターンに戻ってもよいではないか。少なくともテストパターンは仕事の邪魔をしないのだから。

人手が足りぬと外国人を入れずとも、日本には毎日テレビを見て過ごすものが驚くほど多くいるに違いない。

末世である。

 


一億総不活躍か?壮大な無駄に見えるテレビ番組(1)

企業において情報の共有は大事である。しかし情報の共有に時間をとられ、本来の仕事をしないのでは企業としての成果など望めない。

かつての日本の会社にはラインから外れた年配者が「調査役」などと名付けられて窓際に座っていることが多かった。特になすべきこともないので、新聞を読み、業界紙を読み、社内の回覧書類に目を通し、時々お茶やコーヒーを飲んで周囲と談笑する、そんな生活をして給料をもらっているものがいたのである。私の娘が会社のバイトに行き、帰ってから「お父さんの会社、働かない人がいるよ!」とあきれた声を上げたこともあった。

ま、はなっから戦力になどならない調査役殿が新聞雑誌で時間つぶしの毎日を送っても会社の業務にはさして影響はないのだが、実戦部隊が情報共有の美名のもとに本来自身に必要のない情報まで端末で見始めると逆効果が現れる。情報共有はあくまで「業務遂行に必要な情報」に限るべきなのである。

私が勤めていた石油資源開発という会社では、部長会でも役員会でも「坑況(石油開発における掘削井の状況)報告」が行われていた。○○という試掘井では○○メートルまで掘進し、地質状況は…」と結構な時間をかけて説明をするのである。そんなもの必要か?必要ではあるまい。天下り社長など、石油掘削井がどんなものでどのような調査をし、どのように掘削し、どのようであれば成功なのかなど全く知らないのである。会社設立以来継続している坑況報告をただ続けているに過ぎないのではないか。

石油会社にはメジャーと呼ばれる大会社がある。シェルやエクソンなどだ。世界中で石油探鉱を行っているだけでなく、数多くの油田操業をしている。石油天然ガスの輸送も販売も手掛けている。世界中で何十坑という坑井の坑況など部長会レベルで、ましてや役員会レベルで報告しているわけがない。そんなことは役員レベルが知るべきことではないのである。

では日本の石油会社で何故そんな無駄なことが行われているか。はっきり言えば、ほかに仕事がないのである。換言すれば暇なのだ。二等兵は二等兵の仕事に必要な情報があればよい。将軍は将軍の仕事に必要な情報があればよいのである。将軍が数ある戦場での多くの兵の弾丸の保有量を毎日知る必要などさらさらないのである。

本来働くべきものが情報共有の美名のもとに情報を眺めて過ごす時間が多すぎないか、効率性・生産性という観点から見直すべきだろう。(続く)

 


アヴェード ヴァスクレセーニィヤ(みちたけランチ)(275)

早いもので既に2月に入った。中国では旧正月、春節を迎えてのお祝いの時期なのだが、武漢発の新型肺炎ウィルス感染症の蔓延により世界的大騒動となっている。世界の飛行機会社が中国便を休止にし、中国への渡航を禁止し、また中国からの渡航も禁止するなど、未曽有の有事となっている。多くの国のきびしい、そして当然の対処に対して我が国の対応のなんとぬるいことか。濃厚汚染地、武漢からチャーター便で日本人を脱出させたが、検査を拒否されたと何人かを無検査の儘国内に解き放ったというのだから、それでは防疫放棄ではないか。

さて、本日の特別ランチは「鮟鱇のコチュジャン炒め」である。唐揚げにした鮟鱇の切り身にシイタケ、しめじ、ニンジン、エリンギ、セリを加え、コチュジャンソースでいためたものである。週連続で冬の味覚アンコウを味わえた。通常鮟鱇は鍋でいただく。こういった調理法のものには出会ったことがなかった。「馬には乗って見よ、人には沿うてみよ」というが、いや、これは「いろんな料理法のものを食べて見よ」には関連させようがない言葉だったかもしれない。

デザートは杏仁豆乳キャラメルプリンである。

大事なことを忘れた。汁の中にキノコが入っている。このきのこを以前にも食べた記憶がある。それこそ新入社員の頃の北海道の地表地質調査に出かけたころ、宿への帰りがけに採取して塩漬けにしたりした「ぼりぼり」だと感じた。キノコの名と産地を尋ねてみたら、鳥海山のふもとで採取したもので、「もだし」という由。はてと調べてみたらナラタケの事で「北海道ではボリボリという」とあるではないか。46年も前の記憶が正しかった。まだボケるのには早い。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(223)掃除の女の子(1)

パースのイーストパース・フォレスト・アヴェニューにあるシティ・タワーズという賃貸で暮らし始めたことは既に書いたが、彼の地の賃貸の場合、定期的に家主サイドの委託を受けた業者が屋内の点検に入る。それも合いカギを所持していて、借り手には何の連絡もなしに屋内に入り、チェックしていくのだ。つまり、日常生活のありのまますべてが見られてしまうということである。

ベッド関係のリネン類はきちんと取り換え洗濯しているか、冷蔵庫の中に腐ったものなど入っていないか、キッチンに汚れた食器が積まれていないか、床はクリーニングされているか、あらゆる点をチェックしていく。そして、そんなことを全く知らずに帰宅した時に、業者のレポートがテーブル上にあるのを見て、検査があったことを知ることになる。

男の一人暮らしであれば、掃除が行き届かないことはある意味で“当然”なのかもしれない。或る日のレポートには、キッチンや床などが汚れているので清掃してください、と書かれていた。その先には但し書きが続く。次回も改善が認められないときは貸主サイドで清掃業者を入れ、その費用を請求します、とあるのだ。

これは掃除するものを雇わなければならない、と感じた。

 


産経新聞にボロクソに言われた安倍施政方針演説

1月21日の産経新聞の「主張(社説)」は通常国会における安倍晋三首相の令和初の施政方針演説に対する批判文ともいえるものだった。(https://www.sankei.com/column/news/200121/clm2001210002-n1.html

常日頃、まるで”ポチ”あるいは“家禽”が飼い主のご機嫌取りをするごとく、自民党政権よりの主張ばかりを書くあの産経新聞の社説がほぼ批判で埋め尽くされているのである。昨年来安倍政権に対する態度に変化が認められた産経新聞の方針は今年も不変のようである。この動きからは国民だけでなく、ついには御用(的)新聞まで見放してきたとの印象を持つのである。検事総長人事への介入というなりふり構わぬ暴挙もせざるを得ぬ状況になってきたのかもしれない。

社説の冒頭は、

「首相が国会で、日本が直面する難題とその打開策を正面から説かないでどうするのか」

だ。安倍首相を叱っているのである。「極言御免」風に言えば、「あなたは首相の任にあらず」であろうか。

「日中関係を首相は「地域と世界の平和と繁栄に、共に大きな責任」を有すると位置づけた。「首脳間の往来」に加え、あらゆる分野で交流を深め、「新時代の成熟した」関係を構築するとした。 このような前のめりの姿勢は危うい。中国は尖閣諸島を奪おうと狙っている。南シナ海の軍事化を進め、台湾を軍事的に恫喝(どうかつ)している。新疆ウイグルやチベットでの人権弾圧や香港問題はなんら改善していない。米中対立も根本的な解決が図られていない」

尖閣諸島を軍事占拠してでも手に入れようと行動している相手との関係が「正常だ」とするのが間違いだと指摘するよりも、その明らかな間違いをいくら注意しても変えない安倍首相に、それなりの”特別な理由・事情”があると判断し、それが(それらが)何かを調べ、報道することに産経新聞には注力して欲しいものだ。国会の質疑を見ても、痛いところを突かれると突如居丈高になり、質問者を攻撃し、しどろもどろなのにも拘らず声高な発言をするという分かりやすい人なのだから様々な質問を浴びせればその反応から何を隠しているかなど比較的簡単に把握・判読できるのではないか。

産経新聞の正義感に期待したい

 


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