伊藤元重、この人の経済学は本当に「学」か?

経済学が本当に学問かと常々疑問に感じていたのだが、平成の世のアベノミクスなるものを、成果と言われるものの”粉飾表現”の奥・内実をじっと観察して、「こりゃ役立たず」だと思った。すでに竹中平蔵については何度かその嘘について指摘してきたが、今回は伊藤元重という東大の経済の元教授の主張について若干コメントしたい。まずは伊藤元重の経歴だが、ウィキペディアによれば、

1970年3月 静岡県立静岡高校卒業

1974年3月 東京大学経済学部卒業

1976年3月 東京大学大学院経済学研究科修士課程修了

1978年6月 東京大学大学院経済学研究科博士課程中退

1978年7月 ロチェスター大学大学院経済学部博士課程修了

そして、

1978年9月 ヒューストン大学経済学部助教授

とある。奇妙なことに気が付かないだろうか。1年以内に東大大学院の博士課程を修了できるのに、直前に博士課程を中退したのはかなり不思議なことだ。博士課程の中退は私の知る例では、博士課程は修了する見込みだが博士という学位取得の見込みのない場合に多いようだ。

不可解の2番目は、東大大学院の博士課程を中退した後わずか1か月後に、ロチェスター大学の博士課程修了とあることである。ロチェスター大学の「博士課程」は1か月もしないうちに終了できるものなのか。さらにその2か月後にはヒューストン大学の助教授になっているというのである。詳しい説明がなければ「???」という経歴であろう。単にウィキペディアの記述が不足しているだけなのだろうか。

その伊藤元重が4月9日の産経新聞の「日本の未来を考える」欄に「賃上げに消極的な企業」と題する一文を寄せている。これが東大の経済学の名誉教授の考察文か?と疑問に感じるものだ。日本経済の発展のためには賃上げが不可欠なのだが行われていないと嘆くようなものなのだが、検討していこう。

「日本の賃金の上昇スピードは鈍い」

スピードというものは高低で表現するものだが、それは置くとして、日本の賃金上昇が鈍いというのは名目賃金のことで、実質賃金は下がり続けているのである。

「(その背景にはいろいろあるが)より良い人材を確保しようという企業の意欲が弱いことが重要な要因であることは間違いない」

「夢」「生きがい」「個性とのマッチ」などの人間の精神性を取り込めずに金銭という損得勘定しか取り込めなかったような”経済学”者の判断だろうか。一般事務職の求人倍率が約0.3と言えば明らかに人余りである。賃金が上がるわけがない。人が足りない業種は限られている。また、昨今の一部上場企業の多くがデータ改ざん、検査不正などをしている点に注目すれば「より良い人」を求めているのではなく「より悪い人、ずるい人、悪知恵のある人」を求めているようにも見えるだろう。ゴーン追い落としに見える日産取締役たちの”悪さ“など象徴的ではないか。

「高齢化と人口減少が続く中では、人手不足が近い将来に解消する可能性は低い」

介護職や建設労働者のような3Kと呼ばれる厳しい仕事を日本人が敬遠するようになったのが人手不足の背景であろう。人間が不足しているとの一般化は誤りではないか。むしろ日本人を遊んで暮らすナマケモノにした政策に間違いのもとがあったのではないか。高校全入は今や大学全入に近づき、競争もさしてなく、大学生は遊び惚けているものが多い。本来高等教育に適性のあるものがそれほど多いわけがなく、大学教育が高等教育から中・下等教育に変貌してしまっているのである。より良い人材どころか、九九もできずに大学に入ったような低レベルの大卒があふれているのである。賃金でより良い人材を、というのは優秀な人材が存在するという前提条件の下でしか成立しないことではないのか。日本の労働人口ばかりを論じて、労働者の能力レベルの現状や変化を考慮しない言わば化石化した”経済学”では日本の現状分析も未来設計も不可能であろう。

人口減少は国民へのサービスコストも低下させるはずだ。人口に合わせた社会構造、システムに変化させるのが当然であって、人もいないところに体育館を建てるのに、それを担当する人がいない、といったようなバカげたことを考えるべきではない。

「より良い人材」と伊藤元重は言うのだが、そもそも「より良い人材」とは何を意味する?企業に発展させたい事業があり、それに必要な人材というのであれば理解できるが、現在の企業に新規事業を企画する能力があるのだろうか。アベノミクスの第三の矢という、成長戦略など政権6年を経ても何も出てこないではないか。それこそこの伊藤元重も政府の政策検討に参加してきたのではないだろうか。日本の産業をどうするのかの将来ビジョンすら示せない政府のもとでは、「より良い人材」の具備すべき資質、知識、能力などが定まらない。

長くなりすぎたのでこの辺りでやめにしよう。久しぶりに「空論らしき空論」に出会った。日本は滅びつつあるように感じる。

 


中田宏がまた変節?

産経新聞(4月6日)には「勝てない第三極 寄らば自民の陰」なる記事が載る。かつて第三極にいて政府批判を繰り返したものが”転向”して自民党に入るという、無節操な状況を書いたものだ。いろいろな人の名前が挙がっているのだが筆頭は中田宏である。その政党編歴史を見てみよう。なんと、日本新党、新進党、無所属の会、日本創進党、日本維新の会、次世代の党、さらに無所属となり、ついに自民党だとのことだ。入党可能な政党をほとんど渡り歩いたのである。その行動からは政治的信念などない人と判断してよいだろう。

政治で飯を食う、すなわち政治で生計を立てるために松下政経塾(生計塾?)に入ったのだろうから、そこで学んだ処世術なのかもしれない。2浪して青山学院に入ったというのだから学力レベルは分かるだろう。

私が横浜市民だった時期にこの中田宏は横浜市長をしていた。評判はすこぶる悪かった。スキャンダルがいろいろ聞こえてきた。そして「開国博Y150」の大失敗と怪しげな運営が問題となると、任期を残して市政を放り投げて“逃亡”した。責任感が欠如していることは明らかだった。そして横浜市長時代に顔相が変化し、見るからの悪相(悪人面)になった。

加計学園が経営する岡山理科大という大学がある。安倍晋三首相の“親しい”友人である加計幸太郎氏が経営するものだ。そこには落選し、浪人となった政治家の多くが講師や客員教授として収入を得ている。食客となっているのである。中田宏は岡山理科大のみならず同じ加計学園の倉敷芸術科学大学、千葉科学大学の客員教授でもあるらしい。いわば加計親分のところに草鞋を脱いだといったところである。第三局、野党を渡り歩いたものがなんと自民党のボス関連の組織から資金を得て、さらに自民党に鞍替えする。やはり松下政経塾なるものの教えが、“生計”に重点を置くものだったのだろうと感じる。それよりも浪々の身を養ってもらっては、一宿一飯の恩義が生じるだろう。それで国民のための公平な政策など実行はおろか提案すらできぬだろうに。

細野豪志問題もそうだが、実際に転向して当選した山田宏、和田政宗、杉田水脈といった実例がすでにある。志のないものが普通になってきた日本はもうおしまいか?このようなものを国会議員にするのは止めにしないか。

 


大本営のような経済産業省、普通それを失敗というのだが

4月2日の産経新聞に探査船「ちきゅう」の写真があった。何のニュースかなと思って記事を見れば「『ちきゅう』帰港 地震の仕組み探査」と見出しがある。紀伊半島沖の南海プレートが沈み込む境界面に掘り込んでコアをとる目的で、5,200メートルを目標に掘削をしたのだが約3,200メートルまで掘ってオワになったという、「不成功」に関するブログを書いた記憶がある。あの「ちきゅう」今頃帰港とは何とも移動もゆっくりに見える。

記事を読み進むうちに、「こいつはバカじゃないのか?」という部分に出くわした。記事いわく、

「ちきゅうは昨年10月清水港を出発、マグニチュード(M)8以上の巨大地震を発生させる断層があるとみられる紀伊半島沖80キロで、海底下約3200メートルまでの掘削に成功した。その後の作業は難航し、、ルートを変更したものの同約2800メートル地点でドリルが動かせなくなり、掘削を断念した」

と。

海底下約5200メートルにあるプレート境界まで掘り込んでコア試料を採取し、プレート境界面の滑りに起因する大地震の発生メカニズムを解明するというのがこの掘削の目的だったはずだ。それなのに、海底下約3200メートルまでの掘削に成功したとはこりゃなんだ。昔の大本営か今の経済産業省しかこんなことは言わないだろう。大失敗をそれでも成功という厚かましさ、欺瞞体質、バカ以外の何物でもない。しかもこの作業の費用はすべて国民の税金で賄われているのである。

エベレストの頂上で気象観測をする計画で登山を始め、4千メートル地点で登れなくなって引き返したときに、4千メートルの登山に「成功」したと言っているようなものである。

それに続く記事も驚きだ。

「船内で研究に当たった東京海洋大の木村学特任教授は「これまでで最も深いところからの岩石の資料を採取できた。分析結果にも期待している」

とあるのだが、この“先生”掘削船に乗って、目的層の遥か手前の部分の掘削の最中にいったい何を研究していたかは知らないが、どうやらプレート境界に特に関心があったのではないようだ。分析すべき岩石というものは研究目的で異なるもので、一番深いところなど、学問的に意味はない。失業対策事業のような掘削に参加するのだから時間に“余裕”のある方なのだろう。

自民党に「事業仕分けチーム」が存在しないのが残念である。乱造機能はあるようなのだが…

 


国家のリーダー

3月29日の産経新聞の「正論」欄は、久々に佐伯啓思の登場である。読ませる内容だ。「正論ヶ原」の砂利の中に宝石を見つけたような感じだ。佐伯は「リスクに耐えうる社会像を描け」との題で平成の世を総括し、その失敗を指摘し、将来に指針を示した。一部を紹介しよう。

「今日、日本をとりまく不安定性や、将来への不確定性を生み出しているものは次の3つである。それをかりに「リスク」と呼んでおけば、第1にグローバル・リスク、第2に巨大災害リスク、第3に人口減少リスクである」

とリスクを整理したうえで、

「この全てが平成の時代に生じたのだ。だがまた、平成という時代は、これらの不確実性に正面から向き合うことを避け、それらのリスクを先送りしてきた。それに代えてグローバリズムへの適応、IT革命、市場競争へ向けた構造改革、経済成長への回帰を求めたのが平成の30年間であった。

言うまでもなく、もはやそれらはほぼ失敗した。世界的な規模で今日、グローバリズムは行き詰まり、低成長へと移行している。その上、日本では、人口減少・高齢化と巨大災害は不可避である。とすれば、平成を通して先延ばしにしてきた将来の社会像を改めて描かなければならないだろう。2011年の東日本大震災は、日本社会の価値観の転機となるはずであったが、そうはならなかった」

「それらはほぼ失敗した」という部分が重要だろう。その失敗の理由は「これらの不確実性に正面から向き合うことを避け、それらのリスクを先送りしてきた」ことにある。そしてそれをしたのは歴代の政権であるが平成最後の、しかも6年間継続している安倍政権の責任が重大である。例えば市場競争へ向けた構造改革と言いながら実際には日銀が企業の株式を購入して株価を支えたりしているのは本来の政策とは言えないものだろう。経済成長への取り組みも真剣であったとは思えない。新しい産業育成は名ばかりで、人口減少と少子化で子供の数が激減する中を淘汰されるべき教育ビジネス企業を補助金漬けで補助したりしているのである。既存権益に甘い姿勢では新しい時代になど対応できるわけがないのである。

もう一つ産経新聞の記事を参照しよう。同じ3月29日の産経抄だ。そこでは「ペンタゴンのヨーダ」と呼ばれたアンドリュー・マーシャルの地位や名声を求めぬ立派な生き方が紹介されている。そして、

「「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり」。西郷隆盛の言葉である。そんな人こそ、ともに国家の大事業を進められるとも。「手柄を気にしなければ、人間はいくらでも優れたことを成し遂げられる」。これが「伝説の軍略家」の口癖だったという」

「命も欲しい、名を残したい、地位を極めたい、しかもできる限り長く、そして金も欲しい」、そんな人となど国家の大事業を始めるべきではないということに裏返せばなるだろう。日本のリーダーに、してはならない人を選んではいないだろうか。産経抄がそう言っているように感じるが。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(185)仙台パイプラインのガスを仙台市にとの売り込み工作

とにかく海外関係だけを担当し、海外プロジェクトに出ることが多かった私は石油資源開発の国内でのビジネスを全く知らなかったに等しかった。本社探鉱部総合課長に戻った時も、ジャペックスUSに出向し、ヒューストン駐在と決まっていたのが急遽変更になったものだった。国内探鉱の経験もなく、社内組織のありようすら知らぬので、毎日が超多忙の内に過ぎていったのだが或る日、企画室担当の日下常務取締役から呼び出しを受けた。何の用なのか皆目見当もつかぬまま日下常務の部屋に伺った。実は顔すら良く知らなかったのである。

「あなたの家は伊達藩の関係者でしたね。仙台に親戚はいますか」

「戊辰の疫後江戸に出ざるを得なかったので仙台の親戚も少なくなりました。島野武という仙台市長は7期務め在職中に亡くなったのですが、彼は祖父の弟、つまり私の大叔父に当たります」

「実は仙台パイプラインのガスを仙台市ガスに導入してもらって経営の安定を図ろうと工作をしているのですが協力願えませんか」

「コネを使って売り込み工作をするということですか」

「はい、作井部の藤井さんの父君が仙台市議会議長を務めた方だそうですので、そのルートも使って」

「分かりました。役に立ちそうなものがいるか当たってみます」

親戚で島野会という親睦組織を作り、300人近くが集まるというので新聞に取り上げられたこともあったように記憶している。そのメンバーである川口市の市会議員を通じて仙台での工作可能性について調査を開始した。しかし、しばらくして「工作中止」の指示が企画室から出た。石油資源開発は仙台パイプラインのガスの仙台市への売り込み工作を諦めたのである。対抗していた側に三塚博が付いたからだったと後から聞いた。

親戚の各所に声をかけてしまってからの急な中止指示に、不義理をすることになり、困ったことを記憶している。図らずも、営業・企画関係のダーティな行動を知ってしまったのである。

 


領土問題で後退ばかりの安倍政権、実態は「(失敗)外交の安倍」のようだ

日本が抱える領土問題には3つがある。

「北方領土」:1945年8月14日にポツダム宣言を受諾した日本は翌8月15日に無条件降伏をしている。日本の降伏後の1945年8月28日から9月5日にかけてソ連軍が侵入占領した。4島返還に向け日本政府は粘り強く交渉を続けたが安倍晋三内閣がそれを無にする自己崩壊を始めた。

『竹島」:1946年に連合国司令部が竹島を日本の施政区域から除外したのを機に韓国が実効支配した。1952年4月のサンフランシスコ条約発効の直前の1952年1月に李承晩ラインを設定して、竹島を韓国側水域に含めてしまった。日本政府はこれに対し遠吠え外交に徹している。日本国内の返還運動にさえ距離を置くやる気のなさが特徴。

「尖閣」:中国の上陸にも領海侵入にも常に弱腰。日中首脳会談でも議題にもしない弱腰。

さて、3月27日の産経新聞「正論」欄に袴田茂樹が「原点に戻り露と平和条約交渉を」と題して持論を展開している。文章、内容とも例えば佐藤優などと比較にならぬほどしっかりしたものだ。一読して格の違いを認識する。しっかり読んで理解してほしいので少し長めの引用をするがご容赦願いたい。

「「日本との平和条約交渉は行き詰まったのか」との質問に、プーチン氏は次のように答えた。

 交渉は失速した。交渉進展のためには、まず日本が日米安保条約から離脱しなければならない。安倍晋三首相は、島が引き渡された場合、そこに米軍基地の設置は許さないと保証したが、それを阻止する現実的手段は存在しない。非公式の世論調査では、島の住民の99%が島の日本への引き渡しに反対しているが、このことも念頭に置かなくてはならない。交渉は中断してはならないが、一息入れる必要がある−」

これは3月14日にロシアの実業家組織の執行部との非公開会合でプーチン大統領が話した言葉である。その翌日に、露語メディアは次のように報じている。

「露大統領府筋も外務省筋も、日本への島の引き渡し計画はないとし、さらに次のように述べた。大統領の原則は、日本側が受け入れられない条件を出して日本にそれを拒否させることだ。露当局は、島の引き渡しを直接拒否することは『外交的配慮から控えている』。大統領は島の問題を外交手段として利用しているからだ。つまり平和条約の話し合いを始めたと見せかけて、実際には他の目的、つまり経済その他の協力を得ようとしている。これは古代中国の諺(ことわざ)にも通じる『外交の罠(わな)』だ」

袴田茂樹はこの状況に基づきコメントする。

「わが国には「2島プラスα」で日露首脳が実質的に合意したとの一部報道もあるが、眉唾だし交渉「進展」を装う情報操作ではないか」

すなわち佐藤優らが繰り返し書き、話す内容は情報操作の一つではないかと指摘している。そして、

「16年5月、安倍首相はこれまで領土交渉では一センチも進まなかったとして、従来の発想にとらわれない「新アプローチ」を提案し8項目の協力提案をした。私が最も懸念したのは、露側に間違ったシグナルを送ったことだ。つまり、露は、対日姿勢を強硬化したので日本は譲歩したと受け取った。論理的に考えて、日本にさらに譲歩させるには、さらに対日姿勢を強硬化すればよい、となる」

という。すなわち安倍外交は間違っているとソ連・ロシア専門家として指摘している。「外交の安倍」は「外交が得意な安倍」を意味しないのだ。

翌3月28日の産経新聞の「主張」では韓国による竹島周辺調査問題を取り上げているが、

「韓国に海洋調査や演習を行う権利はない。直ちに竹島の不法占拠を解いて退去すべきである。日本政府の対応は歯がゆいばかりだ。抗議を重ねても韓国は馬耳東風の姿勢どころか、不法、不当な行動をとってくる。北方領土をめぐり、安倍晋三政権になって「四島返還」を言わなくなった。領土主権をあいまいにする姿勢をみて韓国が日本を侮っている面もあるのではないか」

と、北方領土問題に関する安倍晋三首相の弱腰への変節が韓国を膨張させているとしている。ここでも「外交下手の安倍」が際立っている。

 


阿比留瑠比よ、韓国に謝罪し続けた自民党首相たちになぜバカだと言わぬのか?

産経新聞(3月28日)の「極言御免」欄はおなじみの阿比留瑠比の”曲言“である。その題は「韓国国会議長の甚だしい不見識」というものだ。韓国の国会議長である文喜相がいわゆる慰安婦問題に関して繰り返し発言した言葉、「安倍首相、あるいは安倍首相に準じた日本を象徴する国王が元慰安婦に『ごめんなさい』とひと言、言えれば根本的問題が解決されるという話だ」について縷々述べている。しかし、

「日本はこれまで加藤紘一官房長官発表(平成4年)、河野洋平官房長官談話(5年)、村山富市首相談話(7年)、菅直人首相談話(22年)…と山ほど謝罪してきた。元慰安婦個人に対しても橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉統一郎の歴代4首相が、次のような「総理の手紙」を渡している……」

と阿比留瑠比は書き、さらに

「謝罪の中身の当否はともかく、ここまでやるかというぐらい日本は謝ってきた。文氏は自分がいったい何を言い、何を要求しているのか理解しているのだろうか」

と続けている。

韓国国会議長の言っていることが韓国の過去の対応からみて間違いであることは明らかだが、もう一つの明らかな点、何度謝罪しようと理解もせず、いや理解もできない韓国という国に対して自民党が”ここまでやるか”というほど謝り続けた「愚かな行動」をひと言も非難しないのである。それでは韓国の馬鹿さを非難できないのではないか。ま、そういうゆがんだ判断が産経新聞の阿比留瑠比の特徴であるのだが。”意図的片手落ち”とでも表現しようか。

従って、本来は「韓国国会議長の不見識」との片手落ちのものではなく、『韓国国会議長と歴代日本国首相他の不見識』とすべきだったのであろう。さらに言えば、我らが感じる「韓国の不見識」は韓国においては『素晴らしい見識』なのではないか。正邪、善悪、校正、公平などに関する基本的概念すら異なる韓国と通じ合う言語がそもそも存在しないと言ったらよいのではないか。『未来志向』などというその実「阿保思考」でごまかそうとして深みにはまったのが自民党政権であろう。今になって呆れた様子で「コメントする気にもならぬ」では、それは単なる問題からの逃避である。現実を受け止め、理解した上での対応ができないのなら政権を担当すべきではない。

さて4月も11日となったが今朝の仙台はうっすらではあるが一面の雪である。タイヤをノーマルに履き替えた人がほとんどであろうから、車の運転には注意と譲り合いの気持ちが大切であろう。

 


ケント・ギルバートの天皇と日本、基礎知識不足で書く本の目的は?

私も日本の天皇というものが万世一系だと信じて(信じ込まされて)育った。そして古来連綿と続く天皇家の存在自体が稀有のことだからこそ天皇制を守るべきだと考えた。それだけに自分で『古事記』『日本書紀』を読み、解読しているうちに、万世一系どころか何度も入れ替わっているばかりか、異人種や渡来外国人までもが天皇位についてきた真実を知るに及んで、今までのすべては壮大なる虚偽であったことに愕然とした。しかし、政治的な意図によって真実を曲げ、さらには国民に思い込ませるのは悪だと考えて、今も古代史に関する研究と執筆をつづけている。

ケント・ギルバートというモルモン教の宣教師が、何と天皇と日本に関する本を出している。『天皇という世界の奇跡を持つ日本』という本だ。読んではいない。産経新聞に載った大広告の文章を見ただけで「分かっていないな」と感じるだけでなく、この本を書く意図に思いが及んでしまった。

万世一系の天皇という存在が世界の奇跡というほど珍しいことだと書いているようなのだ。万世一系は、それが真実であるのではなく、「万世一系であってほしい」と願うものが作ったストーリーなのだと知らないで、それを真実だとして議論を発展させているのではないか。基礎的な事実の検討をせずにうのみにしているところがいかにも外国人であろうか。

カルフォルニア州の弁護士資格を持つというが、米国の弁護士資格と日本の弁護士資格は全く異なるレベルのものなので日本の場合のイメージで評価するのは危険である。日本での外国人弁護士活動をするための登録も、申請もしていないのだから、弁護士資格も単に箔付の肩書のように見える。むしろテレビタレントとしての人と理解すべきだろう。しかし、ある時点から急に政治的発言をしだした点にも注目すべきだろう。

そして、このケント・ギルバートはなんとあの岡山理科大の客員教授なのである。岡山理科大はあの加計学園が経営している大学だ。自民党の落選代議士を落選期間中非常勤講師や客員教授にしたりして生活を支える加計学園が安倍晋三首相と昵懇のオーナーの営利企業であることを忘れてはならない。産経新聞の大広告の左の部分には、『日本と世界の大問題』という本も宣伝されている。著者はケント・ギルバートと上念司だ。そしてその上念司も岡山理科大学の客員教授になっているようなのだ。何やら政治と金でのつながりが見えてくるようだ。安倍晋三首相の情報宣伝活動の一環としての著作なのだろう。

布教活動をしない宣教師、弁護士活動をしない弁護士、そしてその人が岡山“理科”大学の客員教授である。漢文で書かれている「日本書紀」を読みこなせたと思えないのだが。おそらくは英語での(官製)日本史紹介本のようなものをベースに作った本なのではないだろうか。どこかの書店で立ち読みでもして、参考文献リストでも確認してみようか。一般に大広告で宣伝するものは要注意だと思う。

 


<< | 2/637PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< April 2019 >>

にほんブログ村

selected entries

archives

recent comment

  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(88)人事考課を書き換えさせた石油資源開発人事部
    名無し (10/15)
  • 国際石油開発帝石(インペックス)は経営行き詰まりなのか?それを暗示する現象(2)
    名無し (08/20)
  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(132)ホテル代の踏み倒し
    No use (07/25)
  • 論理の誤り―纏向遺跡と桃の実の年代
    No use (07/24)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    No use (07/24)
  • 『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』を電子出版化した
    ふひと (07/11)
  • 国際石油開発帝石のイクシスプロジェクトは「大失敗」?!
    高松 和弘 (06/27)
  • 起きる確率の高い南海トラフ地震の被害額が1,400兆円以上と言うなら
    toshi (06/14)
  • 決裁文書の事後改竄は単なる文書管理の問題ではない
    giinnokoe (06/01)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    名無し (05/28)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM