命日に兄を思う

私の兄、小野誠はちょうど12年前の今日死去した。無宗教(我が家は元々曹洞宗)だったが、兄嫁の盛岡の実家の墓に骨を納めてくれると聞いていた。宗旨が異なるのによくそんなことができるものだと感じていたら、実際に納骨の時になって寺側の了解と異なっていたらしく、ごたごたしたようだ。そのためか納骨の知らせも来なかった。従って今に至るも兄の骨が何処に納められているのかを知らない(知らせてこない)。無宗教であれば、1周忌も三回忌もなく時は過ぎていく。それでは兄がやはりかわいそうである、というより私の気が済まない。そこで兄の命日には兄をしのんで、幼時に静岡県の福田の海岸で遠州灘を前に遊んだ日や、後年、一緒にエアーズロックに登ったことなどを思い出している。

以前にもブログに書いたが、兄が『お前の料理がどうしても食べたい』と電話してきたときに、初めてそんなことを言う兄の死が近いのを感じた。前回の入院の時の様子から、この辺りが危ないと予測できていたからでもある。すべての予定をキャンセルし、泉大津に向かった。難波の高島屋で太刀魚などの生鮮魚類を仕入れて、だ。

刺身を作り、太刀魚の塩焼きを造りと奮闘した。兄は喜んで食べてくれた。次の日に横浜に戻るという夜、兄が「足を揉んでくれないか」と言った。過去60年間一度もそんなことを言われたことがない。懸念は確信に変わった。最後にスキンシップを求めている…。そう感じた私は兄がもう十分というまで兄の両足を揉んだ。

翌朝、横浜に帰る私を、アパートの階段の踊り場からじっと見つめる兄の視線を感じ、幾度となく振り返り、さよならを繰り返した。思い出すたびに落涙を禁じ得ない。そしてその2週間後の7月31日に急遽入院した病院で亡くなった。死去の報を受け、一晩一睡もせずに過ごした。通夜に一睡もしなかったのはこの時だけである。

数日前、兄とともにどこかに出かける夢を見た。もう少し待ってくれ、まだやらねばならぬライフワークがある。兄の分まで生き抜くつもりでいる。

 


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  • 2020/07/31 9:44 AM
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