山岡鉄太郎

江戸無血開城の立役者である山岡鉄太郎を評して我が曽祖父、小野清は『てっぺんまで真っすぐなり』と言ったという(父、雄三談)。曽祖父は何処で山岡鉄太郎と知己を得たものか。江戸藩邸時代の北辰一刀流千葉道場でか、或は桃井の道場でか、それとも動乱の幕末時の国事奔走時代か、その詳細は不明だ。しかし同姓(山岡は婿入り先の姓であり、元は小野鉄太郎)の故か、仲が良かったようだ。著作では地震で、大阪城からひそかに脱出した徳川慶喜一行が騎馬で船に向かう途上で随行する山岡鉄太郎と偶然会ったと記しているし、『天文要覧』の序文の中で大槻文彦が曽祖父が西洋の刑法との比較研究成果を当時侍従であった山岡鉄太郎を経由して明治天皇の御覧を得ようとしていたことなどを記している。

大阪堺の南宗寺の開山堂裏には、無銘の塔があるが、そのわきに「無銘塔家康に観自在を諾す」と刻んだ礎石が存在する。是を書いたのが山岡鉄太郎だ。そこからも徳川家康終焉の地はこの南宗寺開山堂ということは明らかである。拙著『真田幸村見参!』ではその様子を詳しく描いた。

さて、この山岡鉄太郎が徳川慶喜将軍の密命を帯びて静岡に向かい、敵の陣奥深く西郷隆盛と会談して江戸無血開城を取り決めたことはつとに有名である。そしてその経験から西郷隆盛は山岡鉄太郎について有名な言葉を残した。それが、

「命も金も名も要らぬ人間は始末に困る。しかし、この始末に困る人間でなくては、ともに天下の大事を語ることはできぬ」

である。産経新聞(5月6日)の「江戸無血開城の「点と線」4饂痢ε棺現る」はこの言葉を紹介した後に続けて、

「今なお響く金言である」

と付した。

はて現在の日本のトップである安倍晋三首相を見てみよう。いうなれば山岡鉄太郎とは正反対の男だ。命も名も金も欲しいのである。無私の心などどこにも見当たらない。嗟日本に人無きを悲しむ。私欲の人を担ぐものばかりであることを憂う。

 


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