山上直子の文化論

産経新聞(53日)の「日曜に書く」は山上直子による「文化の「貯金」を増やすには」というものである。(全文は、https://www.sankei.com/column/news/200503/clm2005030004-n1.html で読める)

この方のものには余り関わりたくないのだが、一読すると触れざるを得ぬことが思い浮かび、離れない。なるべく簡単にコメントしよう。順不同で、先ずは最後の文章について。

「そのために今、何が必要だろうか。ことさらいわずとも、自然と子供の心や頭に種がまかれているような、そんな国になりたい。」

というものだ。「何が必要か」と問いかけたのだから「これが必要だ」と結ぶのが当然なのだが、“山上文法“は違う、「そんな国になりたい」と結ぶのだ。弓を離れた矢が的ではなくまるで見当違いの方向へ飛ぶ感覚と言ったらよいか。きちんとした日本語環境で育ってこなかったのかな、と感じる。「そんな国になりたい」と言うなら、「なりたい」と希望するのは誰だろう。論理的には「国」が主語であろう。主語が「私」なら「そんな国にしたい」となるはずだからである。奇妙奇天烈な山上文法の一例である。

日本語は日本文化の基層となるものだから、日本語が雑ならその文化論も雑になるのではなかろうか。

「私たちが受け継いできた日本の文化は多彩だが、これから先は分からない。今後何百年も、世界にインパクトを与え続けられるような文化芸術を、これから“貯金”していかなくてはならない。」

この文章を見ると残念な気持ちになる。日本の文化芸術は「世界にインパクトを与え続けらる」ためにあるわけではあるまい。文化輸出ビジネスのためのものならそれは純粋な文化ではないはずだ。外国人がどう感じようと文化は文化であろうが。

江戸時代から続く歌舞伎は既に解説イヤフォンなしには内容が理解できない人がほとんどだろう。いわば、通訳が必要なのだ。立派な掛け軸も、書状も、青蓮院流の草書の知識なくしては単なる飾りに過ぎない。素晴らしい漢詩も中国の故事を知らねば意味不明だ。和歌にしても本歌を知らなくては味わいも薄れるし、時代背景を知らねば意味も取りづらい。更に題材や用語に漢籍由来のものも多い。

何を遺すべきかの前に、伝えてきた文化芸術をまず理解できることが肝要であろう。個々の文化の名称だけ知っていたとて、残す遺さぬの価値判断など出来るわけがあるまい。そのためには、英語学習などと言う不要のものに時間を割くよりも、日本語(古文を含む)と漢籍、漢文などを教えることの方が重要に感じる。文化は金で評価できるものではないのである。

 


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