園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(231)鉱区の印象(3)(続続)作られた有望性

余談を少しだけ。オーストラリアの北西大陸棚と称する海域には大規模ガス田がかなり前に発見されていた。ずっと昔、今から44年前、すなわち1976年だったと思うが、石油開発公団に出向中にオーストラリアに出張した時、すでに発見されていたが天然ガスの販路がないからと北西大陸棚の巨大ガス田群は開発されずにいた。それらは後に三井物産と三菱商事がコンソーシアムに、日本というガスの販路を提供することで参加し、開発され、LNGが生産輸出されるようになった。しかしその後もチモール海には幾つもの巨大ガス田がマーケット待ちの状態で放置されていた。ガスを発見したけれど鉱区そのものが放棄されたところなど幾つもあったのである。石油公団が、いや、その石油公団を支配していた経済産業省が石油しか探鉱対象にさせず、ガスを発見したらプロジェクト終結を迫るようなことをしなければ、日本はメジャーが支配する世界の石油鉱業の一角を占めることもできたのだろうと思う。

World Oil(あるいはOGJ?)だったかと思うが、「日本には鉄鋼にしろ、自動車にしろ世界的な企業が生まれてきたが例外が一つある。それが石油鉱業だ。日本が石油鉱業で成功しなかった理由は通産省(経済産業省)と石油開発公団(石油公団)の存在である。それらが日本の石油鉱業が世界で発展するのを阻害してきたのである」という趣旨のレポートを多くの裏付けデータと共に掲載した。誠にその通りなのである。石油鉱業の発展のためと表向きはしているが、実態は省益と天下り先確保だった。具体的な間違いの数々はすでに何度も指摘してきたことなのでこの自伝では省くことにする。そういう中でガス鉱区への探鉱開発に、国際石油開発帝石だけが、石油があるとの明らかな嘘をついても取り組めたのは逆を言えば、ほかの会社のガス鉱区への取り組みを阻害しておいて国際関開発帝石だけに認めるとの、相当悪賢い戦略を経済産業省が持っていたことを意味するのではなかろうか。そう感じながら口に出来なかった石油鉱業人は多かったはずである。メタンハイドレート研究への参加を求める恫喝と言い、余りにも”美しくない行為”が目立つのである。省益の為には国の衰退すら意に介さないその精神が、首相官邸にまではびこる現在、日本は権力者の私欲によって動いているようでもある。

さて次回からは自伝らしい自伝に戻そう。

 


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