年頭に当たって

今年は庚子である。私も今年72歳となる年男だ。干支が一巡するのは60年、だから60歳は還暦という。しかし、寿命が延びた今日では還暦をもって人生の一区切りとするのは早すぎよう。72歳を以て新たな人生の始まりと考え「還初」とでも名付けて祝ってはいかがか。さすれば、次の72年間も有意義に生き抜こうとの意欲も出てこようというものである。

さて、年頭に当たっての思いなど簡単に述べてみよう。

 

  • 穏やかな日々を

  年越しになめたカレイの煮つけを食べ、末廣寿司のみちたけシェフ特製の洋風オードブルと、三国丘高校の同級生、赤松君にいただいたかの有名な灘の酒『福寿』(日本酒)を味わいながら新年を迎えた。元旦は屠蘇で祝った。そして久々の孤独でない正月を、何年振りか分からないほど振りに雑煮やお節で祝うことになった。玄関の外には「お飾り」があり、室内には小さいながらも鏡餅が鎮座している。

今年は子年だ。4月には72歳となる。節目の年であり、これからの人生の幕開けの年となる。波乱万丈に過ぎた過去を埋めるように、穏やかな日々を過ごしたいと願っている。

 

  • 調停という馬鹿げた制度に驚いたので裁判を志向する

私的なことで裁判所における調停を経験した。我が人生で2度目である。内容は“当然”書かないが、その調停という

のがあまりにも馬鹿げているのである。

交渉しようにも、なんと相手方弁護士から調停の申し立てをしてほしいと理解しにくい依頼を受け、調停の申し立てをしたのが9月の初旬、しばらくして第一回目の期日の連絡が来た。10月23日、約1か月半も先だった。事件の内容など見もしないで決めたのかと感じた。申立書に対する答弁書も届き、準備書面を作成し準備していたら弁護士から連絡が来た。期日には相手方は都合により出席しないが、裁判所は申立人から話を聞くから期日には来てくれと言っている、と。それなら、と仙台から東神奈川にまで出向いた。

期日当日、調停員が待つ部屋に入ると調停員が話した。

*書面は読みました。

*調停では証拠調べはしません。

*次回は相手側の都合を聞いて期日設定しました。12月11日です。

*手続きだけの時は本人は参加しなくて結構です。

これだけで「お帰りください」、たったの10分である。申立人の話を聞く、など嘘であった。裁判所が嘘をしょっぱなから言うのはおかしいんじゃないの。男女一人ずつの調停員の内の女性は準備書面を読んでいるようだったが男性(態度と物言いから神奈川の弁護士と推察されるが、名乗りもしないので不明)は内容を把握していないようだった。(後日準備書面を読みもせず出てきていたと聞いた) これが裁判所が選んだ調停員である。国民の人生の重大事を取り扱う態度とは到底思えない。当然失格である。

証拠調べをしないと聞いて感じたことがある。私が教わった日本の司法は法と証拠に基づいて判断するというものである。証拠に基づかないと言うなら嘘で固めた主張をしても、その真偽など関係なく話し合うことになる。そんなものが調停か?調停そのものの存在意義を疑わざるを得ない。よって本件は裁判にて結論を得たいと考えている。

 

  • 百人一首の謎の解明と取材旅行

  百人一首の謎、隠し文の解明、そして百人秀歌との関係も含めるとおそらく2巻とせざるを得ないボリュームになろう。それに、そんな隠し文を藤原定家がなぜ百人一首に隠しこんだのかとの分析・解明には平安時代から武士の時代への変化と、鎌倉幕府が、源氏の嫡流が征夷大将軍となっていたのが源実朝暗殺により在地の北条氏が執権として権力者になるとの一大事などの背景分析が欠かせない。すると後鳥羽上皇とのトラブルも含め、真の関係を明らかにしていかなければならない。『訓読明月記』を古書店で購入したし、『定家明月記私抄』も手に入れた。すでに保有する『愚管抄』も読み直さねば、と取り組むべき作業・分析は多量である。そして関連するところへの取材が欠かせない。

しかし、本の名前と作者を覚えただけでとどまっていたものを実際に注意深く読む時が来るとは…、苦労はあるのだが嬉しき事でもある。くだらないテレビ番組など見ている暇はない。「治安の夢に耽りたる栄華の巷」など我が事にあらず。孫の守に明け暮れる友人たちが多い中、終活中のものもいる中、こうしていられるのを幸せに感じる。

 

  • 『北魏再興国家としての日本(漢家本朝)』の中国語版の出版

  昨年4月30日に電子出版した本書は、日本の天皇というのが万世一系どころか何度も王朝が入れ替わり、果ては継体朝に北魏皇統の後裔一族が渡来し、数代をかけて天皇位奪取とその北魏朝の永遠の継承と繁栄を確立するシステム作りまでもしたことを明らかにしている。そのような歴史を改竄し、あたかも万世一系の天皇のように編集した偽史『日本書紀』などの解明をしたのである。本文の中には証拠となる中国古典籍なども可能な限りその原文を収録している。これは内容的に日本史、いや世界史を変えるものだと思うが、天武天皇の時代に作られた”歴史”が、明治政府以来の官製歴史教育(刷り込み)によって日本人の意識の中に強く印象付けられてしまった結果、真実を虚偽だと思い込む状態になっている。私自身がそのように思い込んで育ったのだからそれが一般的なのである。

この歴史は日本の歴史ではあるが中国で北魏が崩壊後その一族が日本に渡来して日本の朝廷となったという点で中国の歴史でもあるのである。その北魏の者たちが自分たちをさも倭人であるかのごとく”史書”に記述したのだが、実際は北魏を「後魏」と呼ぶごとく日本は実質的に「倭魏」と呼ぶべきものであったようである。

日本の歴史にとどまらない内容なので、これを中国語に翻訳して出版しようと計画している。多くの問題があってなかなか実現が難しいのだが、今年こそ進展させたいと願っている。

 

  • 真の日本史を世に知らしめる活動

  本気になって日本の古代史に取り組んできた。その過程で従来の“歴史”に多くの重大な間違いがあることに気づいた。そして執筆し、科学的な考察に基づく歴史を世に残そうと出版を重ねてきた。しかし、明治以来の歴史洗脳は深く浸透していて、なかなか理解を得ることは難しい。そこでこれらの本当の歴史をできるだけ知らしめるべく、行動すべきだと感じた。できるところから手を付けていこうと考えている。

 

  • 宮城、仙台、河原町を紹介する歌詞を作る

既に、「河原町ブルース」「宮城伊達盆歌」「宮城○○音頭」の作詞はした。次は『あぺとぺ数え歌』を作ろうかと思う。そして宮城、仙台の各所を舞台にした恋歌、失恋歌、訳アリ歌などもできたらよいと思う、例えば「ページェントの夜」「女川カモメ」「峩々の湯宿」「鳥の海」…、いくつでもできそうだ。

「七夕まつり」「雀踊り」「仙台ソーラン節」なんてのもいいかもしれない。研究・執筆の合間にやってみようかな。

 

  • ブログへの嫌がらせコメント

昨年12月14日仙台在住9年目に入った。毎日更改のブログもついに14年目に入っている。ブログと言えば、昨年から中傷する内容のコメントが消えた。石油資源開発の社員と推定される複数からの嫌がらせコメントの事であるが、匿名なので相手が分からない。その卑怯な態度に、こういうことを許していてはいけないと、IPアドレスをブログに公開した。そうしたらたちまちに音なしになった。誰が書いたのかが分かってしまったのであろう。名を隠してしか意見も言えぬものなどでビジネスに成果が得られるとは思えないのだが。ともあれ、本年もしっかりした対応をとっていこうと思っている。

 

8.『グッダイパース供戮魘瓠硬纏匳佝任垢

  オーストラリアエッセイ、それも西オーストラリアのパースをメインとしたものを合計3冊出版(紙媒体)していた。昨年9月1日からANAがパース直行便の運航を始めた(おめでとう、待ってました!)。今までシンガポール乗り換えかシドニー乗り換えなどが必要で、その観光価値に比べて日本からのアクセスに若干難点があったパースだが、この直行便の就航でようやくスポットライトが当たったように感じる。そこで、これを記念してというか、書き溜めてあって未発表だった原稿を見直して、『グッダイパース供 ,気行こう、パースへ』として出版することにした。ただし今回は電子出版である。出版時点で紹介文をブログに載せようと考えている。

 

  • 訂正

昨日(大晦日)の「一年を振り返って」で(株)麁鹿火でこの2年間に電子出版した書籍を紹介したが漏れがあっ

た。石油開発会社における調達業務における暗部を描いた『調達の闇1』と『調達の闇2』という企業小説2作品と、現在サハリン1と呼ばれ、実際に原油天然ガスを生産しているチャイヴォ、オドプト油ガス田の発見・評価に単身6年間従事した29歳から35歳のソ連時代の体験を書いた『サハリン油田開発6年の体験記(上)』の合計3作品である。従って電子出版したのは合計で24作品になると思う。とこれを書きながら『サハリン油田開発6年の体験記(下)』の出版もしなければと思いだした。以上訂正です。

【お願い】

何度かこのブログに書いてきたことだが2018年にパソコンが激烈な攻撃を受け、セキュリティソフト、ノートンまでダメージを受けるという被害を蒙った。普通のウィルスに感染し、といった程度ではなかった。ノートンの修復から始め回復に努めたが、何とIO関係の機能が回復できなかった。従ってUSBの利用ができなくなったのである。いつもの連中ではないもっと専門的知識、技術のあるものが確固たる意志のもとに攻撃してきたのだろう。それを機会にPC を新たにした。問題は古いPC内のデータを取り出せないことだ。当然メールに関するアドレス帳も新PCに移転できないのである。そこで例年友人知人に向けて行っている年始の挨拶メールも、出版のお知らせメールも送れない状態にある。最近メールがさっぱり来ないと感じた方には、当方宛メールして欲しい。新たに連絡先リストを作成したいと思っている。

(2020年1月1日元日の仙台の朝日の写真を載せる)

 

 


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