趣旨定まらぬ一服も一服か

裏千家前家元の千玄室は臨済禅を学んだ人のようだ。禅にまつわる話をよくするのだ。産経新聞(812日)の氏のコラム「一服どうぞ」のタイトルは『心を無にする一時』とある。全文は以下でお確かめ戴きたい。

https://www.sankei.com/column/news/190812/clm1908120004-n1.html

冒頭は、

「自分の考えや気持ちを他の人に伝えるときどのような方法をとるだろうか。直接話す場合もあるが、文字を書いて伝えるのではなかろうか」

と一般的には文字による意思伝達が行われることを書き、続いて文字ではない、対極のものの例として禅を挙げる。

「「教外別伝 不立文字」。文字や言葉による伝達のほか、体験によって伝えるものこそが真理であり心から心へ伝わるとする意である」

と書くのだが少し意味が違うように感じる。不立文字とは文字や言葉では表せない、伝えられない、ということなのである。千玄室の言う「文字や言葉による伝達のほか」とあれば、文字による或いは言葉による説明が可能ということになるのではないか。まして文字での伝達の対極にあるとした例なのだから自己矛盾を抱えた文章だ。さらに先では、

「禅宗では言葉で何も教えてはくれぬ」

とはっきり書いているのだ。

次に六世慧能の故事が記述されている。ちょっと気になる点がある。

「入門の願いに行っては断られる。何度目かの時に「人に南北ありといえども仏性に南北無し」と自分の心を打ち明けた」

とあるが、これでは説明にもなるまい。慧能が入門したいと言ったときに、当時文明が低いとされた南から来た人間に仏になることなどできるのか、と五世弘忍に言われた時に慧能が言った言葉が、「人間の生まれには南北の別がありますが、仏に南北の差などないでしょう」だったのである。

千玄室が元になった文章を切ったり貼ったりして字数をそろえたのが良くわかる。その結果、説明の一貫性もなくなり、内容もわからなくなってしまっている。

「慧能が示した「菩提本無樹(ぼだいもとよりじゅなく) 明鏡亦非台(めいきょうまただいにあらず) 本来無一物(ほんらいむいちもつ) 何処惹塵埃(いずれのところにかじんあいをひかん)」と言う偈(げ)により、五祖弘忍(ぐにん)禅師の後を継いだのである」

これも随分はしょった説明なのでこれでは背景が分かるまい。弘忍は後継者選定のために悟った境地を偈にしてみよと弟子たちに命じ、一番弟子の神秀が示した偈が次のものである。

「身是菩提樹 心如明鏡台 時々勤払拭 莫遣有塵埃」

米つき小屋に居て、その偈を唱える他の弟子の声を聞いた慧能が示した偈が次である。字が書けなかった慧能は代筆を頼んで自分の偈を書いてもらい、神秀の偈の横に張り出した。それが以下のものである。

「菩提本非樹 明鏡亦非台 本来無一物 何仮払塵埃」

これを見た弘忍は慧能こそ後継者だと知り、米つき小屋にいた慧能に自身の袈裟を与え、弟子たちとの争いを避けるためにその地から逃れさせる。と、まだ長い話であり、千玄室の文章には違和感を禁じ得ない。

それはともかく、千玄室の題にある「心を無にする一時」と関連する話が見当たらない。この記事の最終部分に、

「「口耳四寸学」。一寸(ちょっと)聞きの又聞きをさも分かったように人に吹聴する。今の世の在り方をみているとなんとこれが多いことか。誰もが心を無にする一時を日常に持ってほしいものである」

とあるのだが、なぜ「心を無にする一時」を持つべきなのかに繋がる文章ではない。知識のほとんどすべては見聞による。されど、きわめてわずかの体得はその知識を呑み、世界を見る。「一滴の水、世界を映す」。我が曹洞禅の師匠、水野義典師に感謝する。

 


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