産経新聞の『万葉賛歌』(渡辺裕明)の虚実混在が読者を誤解させる

産経新聞の『万葉賛歌』は渡辺裕明が書いている。その不正確な内容についてこのブログでも指摘したが今回は6月13日の「『謀略』に消えた2皇子」を取り上げてコメントしよう。読者に誤った“知識”を刷り込むのは罪深いことだと思うので。

取り上げているのは『萬葉集』の巻二の歌番141と165だ。タイトルに言う2皇子は孝徳天皇の嫡子である有馬皇子と天武天皇のおそらく皇太子であった大津皇子である。

有馬皇子の死は、先帝の嫡子がいては自分が天皇になるのに邪魔なので、蘇我赤兄に命じて謀反をそそのかせた結果、実際に行動を起こそうとしたのを咎められてのものであり、天武天皇の崩御の後、謀反の対象がいないのに藤原不比等に強引に謀反とされ、尋問もなしに翌日に殺された大津皇子の場合とは状況が全く異なる。有馬皇子の部下は死罪になったが大津皇子の部下は全員罪に問われていない。これらの状況の詳細は拙著『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』及び『北魏再興国家としての日本(漢家本朝)』(電子書籍、Arakahi Books)で検討しているので参照願いたい。

さて、『万葉賛歌』では漢字で書かれた「万葉集」の歌ではなく、後世の読み下しを掲載するのみなので原文も示しておこう。

 

岩代(いはしろ)の浜松が枝(え)を引き結びま幸(さき)くあらばまたかへりみむ(歌番141)

(原文) 磐白乃 濱松之枝乎 引結 真幸有者 亦還見武

 

牟婁の湯に護送され、中大兄皇子に尋問され、死罪とされ、絞殺される藤白に送られる途上の岩代(和歌山県みなべ町)で松の枝を結んだとする歌なのだが、この結び松の歌はこれだけではない。並べて表示しよう。

家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛(歌番142)

磐代乃 崖之松枝 将結 人者反而 復将見鴨(歌番143)

磐代之 野中尓立有 結松 情毛不解 古所念(歌番144)

鳥翔成 有我欲比管 見良目杼母 人社不知 松者知良武(歌番145)

後将見跡 君之結有 磐代乃 子松之宇礼乎 又将見香聞(歌番146)

詳しい検討結果は既述の拙著を参照いただくとして、松に注目してみよう、歌番141では「浜松」、歌番143では「崖の松」、歌番144では「野中に立てる結び松」と同じ松とは思えない。こういう場合はこの歌は「創作」であって事実ではないと判断すべきだ。もっと別の秘密を隠しこむ細工をしたと判断してよい。さらに歌番146では「君が結べる 小松がうれ」とある。「うれ」とはこずえのことであるからそもそも枝を結ぶことなどできないのではないか。

一連の歌の中の一つだけを取り出しての解釈など「怪しい」ことこの上ない。

渡辺裕明は次のように記す。

「《岩代の…》の歌は護送の途中、白浜の手前の岩代(みなべ町)で皇子が詠んだ一首である。松の枝を結ぶのは旅の無事を祈る習俗だが、彼自身、再びこの松を見るとは思っていなかったのではないか。みなべ町岩代には現在、「結び松記念碑」が立ち、万葉ファンの聖地となっている」

「松の枝を結ぶのは旅の無事を祈る習俗だが」と書くが、この歌があるからそのような習俗があったと想像したのではないか?そう書いてある解説をそのまま借用したのだろう。また記念碑があるからなんだというのだろう。商業主義の結果として事実であろうとなかろうと記念碑は立つ。熱海の「お宮の松」が好例である。

「この事件が一層涙を誘うのは、大津と草壁の母同士が姉と妹(大田皇女(おおたのひめみこ)と持統天皇)だったことである。天武天皇の在世時、争いは表面化しなかったが、686年9月、天皇が亡くなると対立は一気に噴出した」

大津皇子の刑死が、大津皇子と草壁皇子の母親同士の争いによるというのは後世の歴史屋の一解釈(想像)に過ぎない。そういう解釈と、『日本書紀』記載のものとを区別せずに書いてしまうところに渡辺裕明の欠点があるようだ。もとより新聞の文芸欄の記者であれば、いろいろな研究者などが書いたものを古くはノリとハサミで、現代ではコピペで、新しい記事に作るのが仕事だったのだろうが、こと、歴史を語るのであれば、文藝屋的手法は取るべきではないだろう。読者に嘘を刷り込むようなことは新聞の使命に反しよう。

なお、同じ天皇の子でありながら、有馬皇子の墓は紀州の藤白神社の中の石(後世のもの?)一つであり、大津皇子の場合は二上山の陵(比定の間違いだと感じるが)という大きな差についても触れるべきではなかったか。いかにも薄い!

 


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