園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(195)またもや海外プロジェクトへ出向

石油資源開発入社後の軌跡を振り返れば、

昭和484月:石油資源開発入社、技術研究所航空写真地質研究室勤務

昭和494月:長岡鉱業所探鉱開発課に転勤

同年8月:鯖石試掘上に転勤

昭和506月:石油公団石油開発技術センターに出向

昭和5212月:石油資源開発本社探鉱部(裏日本担当)に復帰

昭和534月:サハリン石油開発協力に出向

昭和593月:石油資源開発本社探鉱部(海外担当)に復帰

昭和624月:ジャペックスオマーンに出向

平成54月:石油資源開発本社探鉱部(総合課長)に復帰

といったもので、ほとんど石油資源開発という自分が就職した会社にはいなかったことが分かるだろう。プロジェクト会社への出向期間が6年にも及ぶのは石油・天然ガス田を発見・評価したためである。12年でプロジェクトを転々とするのは失敗を繰り返したものの経歴の特徴である。

さて、探鉱部で総合課長となり、翌年次長となった私は、突如インドネシアのジャペックスサボという新規設立会社への出向となった。インドネシア領のチモール島西部の沖合鉱区「サボ」を異常ともいえる高額サインボーナスを提示して取得したものだった。このサインボーナスが如何にプロジェクトの経済性を損なうかについての感覚を持ち合わせない天下り役人の「プロジェクト作成意欲」の結果とも言えよう。ジャカルタに設置する現地事務所の所長には、自ら志願したという公手忠(取締役)がなった。石油資源開発で俗に39年組という一気に大量の役員昇進をしたグループの一員である。ちょうど部長クラスであった彼らは「業務効率化委員会」というものを設け、いかに効率化、コスト削減をするかに取り組んだ。しかし役員に昇格した後は、その動きは急に熱を失ったのである。私はこのプロジェクトにエクスプロレーションマネージャーとして参加した。話題の多いプロジェクトなので当分はブログの題材には困らない。

 


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