産経新聞の『万葉賛歌』、なんともありきたりな…

611日に始まった産経新聞の『万葉賛歌』というコーナーだが、第一回目を読んでがっかりした。何ともありきたりなのだ。

客員論説委員渡辺裕明が第一に紹介したのは『萬葉集』第一巻の第一首、雄略天皇の歌である。コーナーでは、

籠(こ)もよみ籠(こ)持ちふくしもよみぶくし持ちこの岡(をか)に菜(な)摘(つ)ます児(こ)家(いへ)告(の)らな名告(の)らさね

そらみつ大和(やまと)の国はおしなべて我(われ)こそ居(を)れしきなべて我こそいませ我こそば告らめ家をも名をも (巻1−1)

【口語訳】

かごも、よいかごを持ち、へらも、よいへらを持って、この岡で若菜を摘んでおられるおとめよ、家をお告げなさいな、名を名のりなさいな。(そらみつ)大和の国は、ことごとく私が治めているのだ、すべて私が支配しておられるのだ。私こそ告げよう、家も名前も。

(岩波文庫版「万葉集」から)

と紹介している(新聞紙上ではカッコ内の読み仮名はない)のだが、これは本来の万葉集ではない。後世の人による読み下し文を紹介しているのだ。『万葉集』にはいまだ読めない歌も読みが確定しない歌もあることを知らねばならない。詳しくは拙著『萬葉伝授』(Arakahi Books、電子書籍、アマゾン)を参照願いたいが、少し触れてみよう。

『萬葉集』ではこの第一首は次のように漢字のみで構成されている。

篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家告閑 名告紗根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背齒 告目 家呼毛名雄母

このフォークソングの世界のような状況は本当のことか。とてもそうとは思えない。雄略天皇と言えば、残虐非道の狂人とも言うべき人物である。『日本古典文学全集 萬葉集』(小学館)の巻頭解説に於いても「巻頭にある雄略天皇の歌は、実際に雄略天皇その人の作とは信じられない」と書いているくらいだ。勅撰和歌集の第一首の作者が本当の詠み手と異なるなどと言うことがあるだろうか。それが実際にあるのだから、歌に詠みこまれたものも表面的に見ていたのでは分からない。
岳は嶽の古字であり、その意味は「山の壮大なるもの」である。つまり岳を岡の意にとるのは誤りなのだ。「兒」という漢字の意味の第一は、「小児、子供、童」であり、第二は「若者、男子」である。従ってこれを若い女性と解すること自身にも無理がある。「虚」との漢字そのものに「嘘」という意味があり、「虚言」との熟語が思い出されよう。日本語では「絵空事」という言葉もある。すなわち虚は空ではないのである。そして吾と我の使い分けがされていることにも注意が必要だ。そしてこの歌は三場面に区分できる。
「場面一」
篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持  
此岳尓   菜採須兒  家告閑   名告紗根  
「場面二」
虚見津  山跡乃國者   押奈戸手  吾許曽居   師吉名倍手 吾己曽座   
「場面三」
我許背齒   告目  家呼毛名雄母
という具合だ。こうして得られた解読結果は、
「場面一」
立派な牢と見事な隠し寺を持ち、龍門岳(龍門寺)で我が名を奪いとった男よ。出自を言ってみよ、名を言ってみよ。
「場面二」
(嘘が満ち溢れた)この大和の国はその全て、その隅々までを治め、支配しているのはワシなのだ。
「場面三」
(そういうだけで名乗らぬのか。身を隠しているのか。それならば、この柿本人麻呂、すなわち大三輪朝臣高市麻呂がお前の出自も名前も明かしてやろうではないか)
というものである。柿本人麻呂こと大三輪朝臣高市麻呂が藤原不比等の出自も名前も含めて秘密を暴露してやるとの宣言なのである。

『萬葉集』をそのオリジナルではなく、後世の読み下しを口にして、そして後世の解釈を盲信して素晴らしい、と感激している人には気の毒だが、原著を読まずに翻訳本を読んで感嘆しているようなものなのだと気づかねばならない。

「まだ上げ初めし前髪の…」を「まだ上げたばかりの前髪の…」と詠み替えたとすれば、歌としての味わいの大きく異なることは分かるはずである。気を付けたいものだ。時折、個々の歌の解釈の間違いを指摘したいとも考えている。

 


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

にほんブログ村

selected entries

archives

recent comment

  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(88)人事考課を書き換えさせた石油資源開発人事部
    名無し (10/15)
  • 国際石油開発帝石(インペックス)は経営行き詰まりなのか?それを暗示する現象(2)
    名無し (08/20)
  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(132)ホテル代の踏み倒し
    No use (07/25)
  • 論理の誤り―纏向遺跡と桃の実の年代
    No use (07/24)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    No use (07/24)
  • 『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』を電子出版化した
    ふひと (07/11)
  • 国際石油開発帝石のイクシスプロジェクトは「大失敗」?!
    高松 和弘 (06/27)
  • 起きる確率の高い南海トラフ地震の被害額が1,400兆円以上と言うなら
    toshi (06/14)
  • 決裁文書の事後改竄は単なる文書管理の問題ではない
    giinnokoe (06/01)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    名無し (05/28)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM