園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(193)探鉱部の囲碁の会

私の囲碁歴は石油資源開発入社後に始まる。入社2年目に鯖石試掘上に転勤となった時に、夕食後の談話室で作井の小林勉に手ほどきを受けた。数か月教わった。

そして翌年石油開発公団石油開発技術センターに出向した時に、物探研究室長だった川村隆と毎日昼休みに打った。約二年間だったが、最初は置き碁(四子)で最終的にはヒラで打つまでになった。その間『囲碁クラブ』の段級認定で「二級」を取得した。

サハリン石油開発協力に出向中には野呂常務(初段)と対戦して、勝利している。

以前書いたことがあるが30代後半に探鉱部海外担当としてオマーンへの兵頭ミッションに参加した。その出張先のホテルで3段の兵頭生産部長とヒラでうち11敗だったのだから、大体3段程度になっていたのかもしれない。

45歳で本社探鉱部総合課長として戻って、ようやく囲碁ができる環境が得られた。当時の探鉱部は囲碁が盛んで、岡部、森田、保坂、斎藤などが常連で我先にと昼休みに碁盤を広げていた。中にはそのためにフライングして昼食を摂りに行く者もいた。

探鉱部では囲碁好きが会を作っていて会費を徴収し、総当たり戦での優勝者に商品を出したりしていた。私は2回ほど優勝経験がある。わざと負けるという“タシナミ”に欠けたのである。

55歳で早期退職をして以来一度も囲碁を楽しむ機会がなかった。今もくだらない「お笑い番組」をテレビで見ている時間があるなら囲碁をして世界観、戦略眼を養った方が良いと思う。勿論頭脳をぎりぎりまで使って手を読む楽しさがたまらない。

今も、脇から聞こえる「目を世界に向けよ!」といった声が懐かしく思い出される。

 


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