臥薪嘗胆と言う言葉を忘れたか、古森義久

産経新聞(5月6日)に「令和に寄せて」なるシリーズの一つ、古森義久の「戦争の怨讐に区切りの時」なる一文が載っている。アメリカ暮らしが長く、今も産経新聞ワシントン駐在客員特派員として米国在住の人だ。特定の外国に長く駐在したものがその国に通常以上の親近感を抱き、ややもすれば贔屓目に物事を見るのはビジネスマンの世界にもふつうにみられる現象であるが、この方もその例にもれずといった感がある。第三者的視点で公平に物事を判断するという点からは、米国に記者をどっぷりつからせることは危険である。長い経験というメリットとのバランスのとり方が難しいのだが、この記事を見る限り産経新聞はやや誤ったのではないかと感じる。

内容は先の大戦に関する外国の反応が1989年の昭和天皇の病状優れぬころと現在とでは大きく異なるというものだが、かつての例はイギリスだけ、そして現在の外国の反応は米国の例以外記されていない。つまり駐在していた特定の国、しかも異なる国で、今昔を比較しているのである。「比較」というものの基本・本質をよく理解していないように見える。今少し科学的な事象の取り扱い方を学んだほうが良いのではないだろうか、いくら文科系にしても。

気になる記述がある。

「日本軍と実際に激しく戦った人ほど、戦争での善悪や正邪を断じず、国同士の利害衝突による正面からの堂々たる戦いに結果として米国が勝ったのだという客観的評価を示すのだった」

という部分だ。これは米国人のことを書いているのだが、古森はこれをただ聞いていたのだろうか。戦争の正邪も善悪も論じなくてもよいが、「正面からの堂々たる戦いに結果として米国が」と言うところには反論すべきだ。軍事施設ではない広島、長崎と言う非戦闘員が数多くいるところに原爆を投下し、いわゆる無差別虐殺をしたのであり、戦勝国の立場を利用してその国際法上の問題をもみ消したのである。どこが「堂々と」なのだ。この発言を放置する(少なくともこの記事の中では)古森を中立ではなく米国寄りと断する。

「日本にとってあの戦争の記憶は消せるはずがない。だが令和の新時代は戦争での国際的な怨讐(えんしゅう)には完全な区切りをつけ、過去の戦争のために現在の日本を劣等な国であるかのようにみなす断罪は内でも外でももう排されることを期待したい」

との結びの言葉に不足なのは、原爆で非戦闘員を無差別虐殺したことを米国人は自ら断罪すべきであるとの意見であろう。書き手が、臥薪嘗胆の言葉を忘れた「ワシントンの人」に見えてくる。控えめに評しても、古森義久には米国長期駐在の弊害がはっきりみえる。

 


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