『北魏再興国家としての日本(漢家本朝)』(Chinese, Northern Wei's, Conquest of Japan)の出版-その4

『北魏再興国家としての日本(漢家本朝)』(Chinese, Northern Wei's,  Conquest of Japan)の出版に当たり、東北大学名誉教授の大村泉先生に序文を書いていただいた。大村先生にはすでに電子出版した『万葉伝授』にも序文を寄せていただいている。大村先生は東北大学の名誉教授のほか、中国の清大学克思恩格斯文献研究中心学会副主任でもあるし、なんと、中国中共中央党史和文献研究院客座研究員でもあるのである。そして大村先生が本書の執筆それ自身に大きくかかわっているのだ。以下の序文をご覧いただきたい。

「序」

日本の天皇家が中国の北魏皇統の後裔だったと聞けば日本人でなくとも驚くはずだ。その驚愕の歴史を解明したものがいる。それが園田豪だ。園田豪は2010年から2016年にかけて、『太安万侶の暗号シリーズ』全8作品を書いている。日本の建国以来元明天皇までのいわゆる日本の古代史を小説型で著したものだ。小説型ではあるけれど小説ではない。参考文献や、遺跡、遺物調査の報告などのほとんどない時代に関しては、論考型で歴史をまとめるのは困難であり、読者にとっても全体の流れがつかめないという難点があるがゆえに小説型にしたのであって、内容は空想や恣意的設定に基づくものではない。それ故に、同シリーズでは必要な個所に(注)を付け、さらにまとまった論考を「○○考」という形で併録している。

『太安万侶の暗号シリーズ』の執筆途上で園田豪は「漢家本朝」という言葉に出会った。まるで運命と思える出会いであったらしい。それは古代史の資料ではなく足利尊氏が開いた室町幕府の公文書である「建武式目」にある語なのだけれど、なぜか日本の学校教育資料などでは”隠されている”ようだという。『太安万侶の暗号(五)〜漢家本朝(上)陰謀渦巻く飛鳥〜』(郁朋社)に併録の「漢家本朝考」にその詳細は論ぜられているけれど、その『建武式目』の冒頭部分を再掲しておきたい。

「鎌倉元のごとく柳営(りゅうえい)たるべきか、他所たるべきや否やの事
 右、漢家本朝、上古の儀遷移(せんい)これ多く、羅縷(らる)に遑(いとま)あらず。季世(きせい)に迄(いた)り、煩擾あるによつて、移徙(いし)容易ならざるか。なかんづく鎌倉郡は、文治に右幕下はじめて武館を構へ、承久に義時朝臣天下を併呑(へいどん)す。……」

この語の発見が、園田豪が『太安万侶の暗号』の範囲を超えて元明天皇の時代、すなわち『続日本紀』や『萬葉集』にまで研究・執筆の対象を広げた契機となるものだった。饒速日以来続いた日の本系(在地)の天皇の系譜が開化天皇までで、崇神天皇からは百済系になり、新羅系に移り変わり、そして継体天皇から日の本系に戻った。そして、その継体天皇の時代に中国から渡来した北魏皇統の後裔一族が数代をかけて天皇位を奪取、結果的に倭国を奪い取って北魏を再興し、さらにそのシステムが今日まで続いているらしいとの重大事の発見に、園田豪は、小説型だけでは不足だと感じ、『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』(郁朋社)という天武天皇から元明天皇にいたる漢家本朝完成期に関する完全なる論考本を発表したのである。

園田豪は理科系も理科系という人だ。科学的に論理的に考察を進めていく。エビデンスベースで歴史の、絡み合った糸のような状態を解きほぐしていく。中国の文献も原文を確認し、『萬葉集』の解読の場合など、一文字一文字の意味を丹念に再確認して従来の解釈に間違いがないかを確かめていくのである。その膨大な作業と、ひらめき、そしてそれらを統合する才能が歴史の暗号解読を確かなものにしているようだ。

『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』を読んだとき、これが日本の本当の歴史だと感じた。そしてこれを日本の国民だけではなく中国の人々にも読ませるべきだと思ったのである。私は園田豪に中国語版を作って出版すべきだと強く勧めた。彼は快諾した。しかしその準備のさなかに、どうせ纏めるなら天武天皇以降ではなく、北魏系の渡来が行われた継体天皇の時代から纏め直しての方が良いと園田豪から提案があった。格段に作業量が増えるけれど、そのほうが良いことは自明である。もろ手を挙げて賛同し、そして今般ついに本書の出版を見ることになったのである。それだけに本書の出版実現を心から喜んでいる。翻訳後電子出版される中国語ヴァージョンは、この世界史を書き換える歴史解明が世界に認知され、世界史の常識の一つになっていくきっかけになるだろう。

*なぜ継体天皇は20年もの間山背国にあって、大和入りができなかったのだろうか?

*なぜ蘇我大臣と物部大連が宗教対立に誘導されたのか?

*なぜ聖徳太子の第一回目の遣隋使が『日本書紀』に記載されなかったのか?

*聖徳太子はなぜ、直ちに拒否されるような致書型式の国書を遣隋使に持たせたのか。また隋の使いに一喝されたとたんに態度を変え、今度は「表」形式の国書に変更したのか?

*高向王(渡来氏族)の妃で子持ちの寶皇女がなぜ舒明天皇の皇后になれたのか?

*兄がいないはずなのになぜ中大兄皇子と呼ばれるのか?

*白村江の戦で千艘の倭国水軍なのになぜ四百艘しか実際には戦わなかったのか?

*孝徳天皇の遣唐使一行が唐にてとらえられ、刑死したものがいるのをなぜ「日本書紀」は隠すのか?

*当初の遣唐使の目的は唐の軍事情報の収集であったのではないか?

*白村江の敗戦で倭国が唐に占領され、筑紫都督府をおかれた事実をなぜ「日本書紀」は隠すのか?

*唐の高宗の泰山における封禅の儀に倭国が“酋長”(王または王子)を派遣、跪いたことをなぜ「日本書紀」は隠すのか?

*大化の改新の内容は北魏の孝文帝の漢化政策に倣ったものである。唐との交流がなく敵対関係にあったにもかかわらず唐から制度も文化も取り入れたとするのは間違いではないのか?

*天武天皇の名前は道教の徒であることを示していないか?

*天武天皇以降の皇統譜も大きく改竄されているのではないか?

*『萬葉集』は単なる歌集ではないのではないか?

などなど、従来多くの人が大きな疑問を持っていたはずであるが、本書を読破すればそれらの疑問は氷解するものと思う。まさに目からうろこを実感するだろうし、また明治以来の学校教育においていかに政治的な思惑に影響された歴史教育がなされてきたかに気づくはずである。本書により、歴史教育による「刷り込み」を認識し、本当の歴史に目覚めることができると思う。

できるならば、同じく園田豪の著作である『萬葉傳授』8巻(Arakahi-Books、キンドル版)も合わせ読むことを勧める。漢家本朝が犯した歴史改竄の復元がある程度可能なことが分かってくるはずだからだ。

さて、園田豪が『太安万侶の暗号シリーズ』の第一作を出版したのが2010年であった。この10年間、歴史解明と著述に没頭してきたことは言うまでもない。このペースでとは言わないまでも、これからも残された古代史の、いや余力があれば中世史の見直しにまで取り組んでもらいたいと願う。「歴史を科学に」をモットーに歴史解明に邁進する園田豪の健康と健筆を願ってやまない。

 

平成三十一年四月

 

大学克思恩格斯文献研究中心学会副主任

東北大学名誉教授

大村 泉


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