英語重視の教育には違和感

このタイトルは4月22日の産経新聞の「オピニオン」ページの「談話室」欄に掲載された投書の題である。投書の主は静岡県伊豆の国市の高校生、鈴木亜砂海さんである。一部を紹介すれば、

「私たちの学校でも、英語の授業の方が国語の授業より多い」

「今まで生きてきて、英語が日常生活で必要になったことはほとんどない。現代の電子機器を使えば翻訳もできる。英語のみを重視するような教育には少し違和感を覚えている」

「私たちは英語よりも国語をまず、しっかりと学ぶべきである」

すべてその通りである。

高等学校の授業時間に関しては英語の方が国語(日本語)を上回る

                      ↓

日常生活で英語を使ったことがない(必要性に疑問あり)

                      ↓

日本語が大きく乱れている(正しい日本語の後世への継承に危惧を持つ)

                      ↓

英語よりまず国語を優先して学ぶべきだ。

との論理展開は立派である。

先日の佐藤優の「世界裏舞台」でロシア語を文法的にも会話的にもマスターするには10か月の集中的学習が必要だとしていた。換言すればそれだけの勉強で完璧なレベルで身につくと言っているのである(それが本当化は信じないほうが良いかもしれないが)。何ゆえに小学生から大学に至るまで必要とする機会、使う機会のほとんどない英語習得に、延々と時間と労力をかけなければならないのか。その無駄は膨大であり、国家的損失ともいえよう。その分を基礎科学などに振り向ければ日本は発展するだろう。さらに、英語など間もなくAIの発達により瞬時に翻訳できるようになる。また英語は一種類ではない、英国においても社会階層により使う英語が異なる。年齢によっても異なる。それに国によってもその英語は異なるのである(英語、米語、インド英語、シンガポール英語などなど)。さらに、世界には英語が通じない国や地域が広く存在する。

小学校から教える英語というのはどの英語なのか。訳の分からぬ、必要性もない英語教育を強制するのは米国へのゴマすりか、あるいは特定の教育産業への“特別な”配慮の結果のように感じる。

高校生ですら感じる疑問。裏の事情を知らぬ高校生の素朴な指摘に政府は耳を傾けるべきだ。

 


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