園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(186)鉱区ブローカーの手引きをする元高級役人、その1

私が本社探鉱部総合課長の時のこと、猪間探鉱部長、森田探鉱部次長が背後から声をかけてきた。

「石油部開発課から、勇払の説明のできる人に来てほしいと依頼があったそうだ」

何の話か分からず、北海道担当主査に出向いてもらえばいいのかなと考え、あいまいな相槌を打っていたのだが、

「明日は部長会で僕はいけないよ」

と探鉱部長は言い、探鉱部次長は、

「僕は東大の講義があるから無理です」

と言った。そして、

「じゃあ、小野君に行ってもらうしかないな」

との二人の声に、社内での依頼元の日下企画室担当常務のところに出向いた。そして初めて経済産業省(通産省)からの要望内容を聞いたのである。

「実は石油部開発課(当時)の村上(世彰)課長補佐から依頼がありました。北海道の鉱区を譲渡したいという人が来るので、その価値に関してはっきりとした説明をしてほしいというのです」

「鉱区ブローカーの売り込みですか」

「そうです」

「直接ではなくなぜ開発課に持ち込んでいるのですか」

「役所の関係者が絡んでいて、役所の力を借りて鉱区を買い取らせようとの目論見のようです」

「対応に関しての特段の指示はございますか」

「ありません。鉱区評価など、はっきり言ってもらって構いません。否定的なことを明確に話してもらってよいと村上さんからも聞いています」

約束の日時に霞が関の資源エネルギー庁石油部開発課に出向いた。開発課の中に入り、来訪の趣旨を告げるとすぐに奥の課長補佐席に案内された。目が大きく、ぐりっとした村上世彰氏が立ち上がると、

「あっちの部屋に移ります」

と言って廊下に出て近くの倉庫部屋のようなところに連れていかれた。その間に、

「いいですか、はっきり断ってください」

と何度も言われたのを記憶している。

(続く)

「誕生日」今日は我が誕生日、71歳になった。昨晩は前夜祭ということでワインを少々口にし、今朝は妻が用意してくれた赤飯で祝った。よくここまで来たと思うだけでなくこれからを有意義に過ごそうと思う。これまでの人生でお世話になった師、先輩、友人、後輩たちに感謝する。

 


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