無償の功名

司馬遼太郎と言えば多くの傑作小説を書いた人だ。しかしその上手さの故に、読者にその物語の内容が真実だと信じさせてしまったとの罪深い面も持つ。例えば坂本龍馬を有名にし、偉大な男に仕立て上げてしまった。実際には、坂本龍馬は誰かが提供した資金で、誰かが望む日本の状況を作ろうとしていたのだが、純粋に日本の未来を考えた男として描かれてしまったのではないか。その明治維新や明治政府賛美の傾向は時の政府の好むところであったようだ。曽野綾子が確か、「司馬遼太郎の批判を書いてはいけないことになっていた」とかつての出版界について書いていたことも、政府迎合の傾向の存在を示しているようだ。

3月24日の産経新聞の「日曜に書く」欄は、論説委員鹿間孝一の「『無償の功名』でいい」と題する一文である。ちょっと長目の引用を必要とする。

「その中に「二人の老サラリーマン」という一文があった。司馬さんは、戦車兵で終戦を迎え、郷里の大阪に戻った。職をさがして闇市を歩くうち、空襲で焼け焦げた電柱に「記者募集」の貼り紙を見つけ、新興新聞社に入社した。そこで戦前からいくつもの新聞社を渡り歩いた老整理記者に出会った。

ある夜、仕事を終えて2人で焼酎を酌み交わしながら「新聞記者の大成とは、何になることでしょう」と尋ねた。返ってきたのは意外な言葉だった。着たきりの兵服で、編集局の片隅の押し入れで寝起きする、どう見ても人生の敗残者としか思えぬ老人が、「うむ。おれのようになることだ」と自信満々に言い切ったのだ。

「新聞記者ちゅう職業は、純粋にいえば、鉛筆と現場と離れた形では考えられないもんじゃ。抜く抜かれる、この勝負の世界だけが新聞記者の世界じゃとおれは思う。大成とは、この世界の中で大成することであって、昔の剣術使いが技術を磨くことだけに専念して、大名になろうとか何だとかを考えなかったのとおんなじことだよ」」

良い話である。そして次のように続く。また長い引用になるが味わって読んでほしい。

「「ところが困ったことに、いかに特種を書き、いかにうまい記事を書けたところで、新聞を離れたら、ツブシが利かん。ただ、おれの現在のようになるしか手がないんだよ。これがいわば、新聞記者の大成だ」。司馬さんは老人の生き方の厳しさに気づかされ、「アッ!」と叫びたいような気持ちだった。後に教えられた新聞記者像を伊賀の忍者になぞらえて「梟の城」を書いた。「私のなかにある新聞記者としての理想像はむかしの記者の多くがそうであったように、職業的な出世をのぞまず、自分の仕事に異常な情熱をかけ、しかもその功名は決してむくいられる所はない。(略)無償の功名主義こそ新聞記者という職業人の理想だし同時に現実でもあるが、これから発想して伊賀の伝書などを読むと、かれらの職業心理がよく理解できるような気がしてきた」(「歴史と小説」から)」

「無償の功名主義こそ新聞記者という職業人の理想」との言葉をかみしめるべきだ。たとえそう書いた司馬遼太郎がそうであったかどうかは別にしても、である。産経新聞記者ならば、例えば阿比留瑠比に聞かせたい話である。道を究めんとする剣術使いがブヨブヨの顔形なはずがない(少なくともそう思いたい)。新聞記者も同様だろう。

新聞記者でなくとも、物書きにも同じことが言えよう。贅沢な暮らしや権勢のために、そして名声を求めての執筆など邪道であろう。このブログでも数多く取り上げたが、作家、評論家、ジャーナリスト、学者などに『無償の功名主義』のものなどまず見当たらない。それを書いた司馬遼太郎も自戒を込めてそう記した可能性もあるのだが…。

名も、金も、命さえいらぬという男は始末に困るもの、といった表現で大物を表現した西郷隆盛の言葉を引用して日本の指導者の我欲の塊のような様子を嘆く記事が産経抄にあった。権力者と言われるところに人間としての未熟さが表れている。「自分が、自分が」「あれもこれも」成し遂げた、または成し遂げたいという態度はまさに小人なることを示している。

(仙台の石橋屋の枝垂れ桜が咲いた)

 


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< April 2019 >>

にほんブログ村

selected entries

archives

recent comment

  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(88)人事考課を書き換えさせた石油資源開発人事部
    名無し (10/15)
  • 国際石油開発帝石(インペックス)は経営行き詰まりなのか?それを暗示する現象(2)
    名無し (08/20)
  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(132)ホテル代の踏み倒し
    No use (07/25)
  • 論理の誤り―纏向遺跡と桃の実の年代
    No use (07/24)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    No use (07/24)
  • 『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』を電子出版化した
    ふひと (07/11)
  • 国際石油開発帝石のイクシスプロジェクトは「大失敗」?!
    高松 和弘 (06/27)
  • 起きる確率の高い南海トラフ地震の被害額が1,400兆円以上と言うなら
    toshi (06/14)
  • 決裁文書の事後改竄は単なる文書管理の問題ではない
    giinnokoe (06/01)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    名無し (05/28)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM