金剛山登山を思い出す

明治150年を重視する安倍政権の気持ちを忖度してか、教育勅語復活をもくろむのと同様の忠孝の精神を広めようとの魂胆があるのか、産経新聞は最近「日本人の心―楠木正成を読み解く」なる連載記事を掲載している。

楠木正成がなぜ後醍醐天皇に与したかが不明なのは、同じ産経新聞の連載「元号の風景 9(建武)」(32日)で、

「どういう事情で後醍醐側についたのかは、これまた諸説がある。…資料的には全く不明である」

「ねハかまくら」の武士だったという説が正しければ、幕府側にとっては「忠臣」どころか、「大逆臣」ということになる。「武士道」などという小ジャレタ“倫理”などカケラもなかったこの時代、武士たちの多くは“打算”で動いた」

と書いている。楠木正成などは「悪党」であったと従来指摘されてきたことも忘れてはなるまい。正体も不明、後醍醐側についた理由も不明なものが「嗚呼、忠臣大楠公」とされるのは忠孝精神を植え付けたい明治政府の教育素材としての一種の創造であろう。

それを「日本人の心」とのシリーズにする産経新聞もその心健やかには見えない。

さてその楠木正成で有名な千早城址は大阪の千早赤阪村(現在は?)にある。私は大阪府堺市の三国が丘中学校に在籍した。同中学校では寒中登山というものを例年真冬に行っていて、その行き先が金剛山であった。大阪府とは言え金剛山には雪が積もる。アイゼンなどという高級品は当時の中学生の手の届くものではなく、ズック靴に荒縄を巻いて滑り止めにした。それこそ息を切らして登った思い出がある。

河内長野の観心寺にも何度も行った。これも楠木正成ゆかりの寺である。

思い出は思い出でよいのだが、何かといえば明治150年、戦前教育…。『未来志向』などという割にはその実態は「復古志向」ではないか。特別な意図に基づき、しかもそれを隠しての企画など新聞がするべきではないと思う。

 


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