『万葉集』は『萬葉集』か、翻訳本と原著の差に注意が必要だ

218日の産経新聞の「産経抄」は直木孝次郎が中学三年の時に市立図書館で手に取った『万葉集入門』が彼にとっての古代史との出会いであったと記す。「最初のページにあった柿本人麻呂の歌を通じて、日本の古代に愛着を抱くようになった」とも書いている。また冒頭には「学徒出陣で召集された若者の多くが、『万葉集』を携えていた」ともある。

学徒出陣で招集された若者の多くが本当に『万葉集』を携行したというデータがあるとも思えないが、仮にそれらの若者が『萬葉集』を戦地に携行したとしても、それが本当に『萬葉集』だったのか。

『萬葉集」とは殆どの漢字を表音文字として使い、また漢文表記である「将○○」「未○○」「不○○」などを用い、さらに漢字を必ずしも音読みするだけでなく場合によっては訓読みをするという極めて変則的な日本語表記法を採用している。そのため、その読みには多くのものが存在し、いまだに読み方すら不明との歌も存在する。これは柿本人麻呂の選によるとされる巻一及び巻二の234首に限ってでもそうなのである。

つまり一般人が読んでいる『万葉集』なるものは本来の『萬葉集』の翻訳本のようなものなのである。黒岩涙紅が翻訳した『嗚呼無情』や『巌窟王』が原著とは全く別の文学作品だというのとは種類は異なるが、いわゆる、だれかが提唱した読みや解釈を記した本を単純に『萬葉集』と取り扱うのは間違いであり、誤解を与えるものであることを肝に銘ずべきではないか。他国の文学作品の翻訳本を読んで、「あの作品はね…」と講釈を垂れると同じような間抜けな文学論に陥りかねない。

この産経抄の書き手も翻訳本を手にその作品の文学論を弁じた手合いなのかもしれないと感じた。原文の例を一首だけ参考のために載せておこう。第一巻の歌番十二である。

吾欲之 野嶋波見世追 底深伎 阿胡根能浦乃 珠曽不拾 [或頭云 吾欲 子嶋羽見遠]

これを次のように読んでいるのが普通だ。

「わがほりし のしまはみせつ そこふかき あごねのうらの たまぞひりはぬ [わがほりし こしまはみしを]

漢字を音読みしているばかりではなく訓読みもし、漢文的な、返り点付きのような読み方もしていることが分かるだろう。原文を見て味わえる人がどれほどいるのだろうか。読み方は一つか?自身で考えてみることが必要だろう


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