韓国を「中二病」となど言うのは間違いではないか

2019年1月4日の産経抄は韓国の幼さについて書いているのだが、その掘り下げがいかにも不足だ。何とこの正月休みに「中二病」という言葉に出会ったのだという。何でも新潮新書の「米韓同盟消滅」を読んで知った言葉だという。なるほど、にわか仕込みの言葉に飛びつくのだから、熟考・熟慮の結果を書いたものではない、平ったく言えば、この産経抄もにわか仕立てだということだろう。換言すれば真剣味が不足するということか。

「中二病」という言葉は、「中学2年生ぐらいの男子が、自意識にめざめて反抗的になったり、背伸びして大きなことを言い出したりする症状を指す」ものなのだとか。それを理解した上で産経抄の一部を読んで欲しい。

「長年韓国を観察してきた著者の鈴置高史(すずおき・たかぶみ)さんによれば、韓国人はまさに中二病にかかっている。21世紀に入って韓国は、自らを立派な国と認識するようになった。とはいえ、国際社会の評価は違う。そこで自分たちが特別な存在であることを示そうと、思春期の青少年のように奇妙な行動に出るというのだ。とりわけ、今や自分より下に見ている日本を徹底的に卑しめるようになった。なるほどそれで、韓国の意固地な態度に合点がいった。韓国海軍の駆逐艦が、海上自衛隊哨戒機に火器管制レーダーを照射した問題である。」

引用添付した私のブログからも明らかなように、韓国人は千年以上前の新羅の時代から産経抄が言う「中二病」なのである。長年韓国を見てきたという鈴置氏だが実際に見てきたのは長くても何十年という長さであろう。韓国人は韓国ができて生まれたのではなく、遠く新羅の時代から続いてきているのである。千数百年を経て「中二病」になったのかい?

産経抄の筆者も今少し知識を広く、深く求めた方が良いのではないか。しかし最後の一言が面白い。

「今年は「米韓同盟消滅」の可能性が、公然と語られる年になるかもしれない」

とあるのだ。私がブログの「徴用工問題に見る日本外交」シリーズでこれだけ日本政府が韓国批判をし、産経新聞が韓国批判を書けるようになった背景は米国の韓国への態度が変化したからだろうと書いたことが思い浮かぶ。書けるようになった産経新聞がそれ(背景)を知っているのは当然であるばかりか、むしろ産経抄はそれを証明しているようにも見える。米韓関係の大変化が顕在化するのも遠くないと思われる。

参考のため、私の過去のブログ記事の引用文を以下に示しておく。

(ブログ「徴用工問題に見る日本外交(3)韓国人の歴史的民族性」(2018.11.16)からの引用)

韓国の前身は李氏朝鮮であり、さらにその前身は新羅である。朝鮮民族の歪な精神と行動はその新羅にまでさかのぼる。『日本書紀』の持統天皇三年五月の新羅使節に対する詔にはこうある。

「太政官卿等奉勅奉宣、二年、遣田中朝臣法麻呂等、相告大行天皇喪。時、新羅言、新羅奉勅人者元來用蘇判位、今將復爾。由是、法麻呂等不得奉宣赴告之詔。若言前事者、在昔難波宮治天下天皇崩時、遣巨勢稻持等、告喪之日、翳飡金春秋奉勅。而言用蘇判奉勅、卽違前事也。又、於近江宮治天下天皇崩時、遣一吉飡金薩儒等奉弔。而今以級飡奉弔、亦遣前事。又、新羅元來奏云、我國、自日本遠皇祖代、並舳不干檝、奉仕之國。而今一艘、亦乖故典也。又奏云、自日本遠皇祖代、以翡鮨柑妬堯而不惟竭忠宣揚本職。而傷翡髻∈承畊媚。是故、調賦與別獻、並封以還之。然、自我國家遠皇祖代、廣慈汝等之、不可絶之。故、彌勤彌謹戰々兢々、修其職任奉遵法度者、天朝復廣慈耳。汝道那等、奉斯所勅、奉宣汝王。」

その意味は、

「田中朝臣法麻呂を新羅に派遣して大行天皇(天武天皇)の喪について連絡したが、その時新羅は無礼なことを言った。すなわち、『新羅の勅を

( うけたまわ ) る人は、以前は蘇判の位(新羅の位階で十三階の内の第三)との決まりであった。今その決まりに戻そうと考える』と言った。使者の田中朝臣法麻呂は直廣肆(四十八階中の第十六番目)だったので詔を読むこともできずに帰った。しかし以前のことを言うならば、孝徳天皇の喪を知らせた巨勢稻持の伝えた詔を金春秋(第二位)が承ったではないか。だから以前の決まりというものに合致しない。天智天皇の喪に新羅が派遣したのは一吉飡(十七階中第七位)金薩儒であったではないか。今回来た金道那は級飡(十七階中第九位)ではないか。言っていることが出鱈目である。また新羅は『我が国と、遠い祖先の時代から舳を並べて ( かじ ) を干さず』と言ってきたにもかかわらず今回は一艘だけの派遣ではないか。また『遠い昔から清明心を以て日本に仕えて来た』と言うが、忠誠心がなく本来なすべき事をしない。清明どころか、媚びることを要求する。したがって今回の調賦などは受け取らずに封をして新羅に差し戻す。心と態度を入れ替えるならば長い間の関係を考慮して日本は新羅をいつくしむであろう。かえって新羅王に良く説明せよ」

というものだ。簡単に言えば、新羅の時代、すなわち千数百年前から、

「困ればにじり寄って助けを請い、惠を求め、相手に隙ありと知れば簡単に裏切り、攻撃する。そして助けの必要がないと思えば尊大な態度になる」

というのが朝鮮民族の特徴なのである。

(引用おわり)

歴史に学べば、約束が守られると思うことがそもそもの誤りだと感じられる。

 


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