今年中に批評しておきたい

かなり古いものになるが、棄ておかずに批評しておきたい「正論」がある。産経新聞(11月9日)の竹内純子の「再エネ普及政策に『虫の目』を」という一文である。従来の同氏の「正論」でも明らかなように議論は浅薄である。無視してしまえばよいのだが、こんなものに影響されてしまうこともあろうかととにかく年内にコメントしておきたかった。さて、冒頭は、

「「自然エネルギーは自然に優しい」。耳当たりが良く、さらりと聞き流してしまうフレーズだが、少し立ち止まって考えてみたい」

という何の変哲もないものなのだが、「下手な考え休むに似たり」の語が頭に浮かぶ。次の部分を見てほしい。

「将来、再生可能エネルギー設備が劣化した場合、撤去が適切になされるのかどうかも不安だとなれば、地域住民との軋轢(あつれき)が増加するのも当然だろう」

東京電力系の原発推進係のような人だけに常日頃から再生可能エネルギーの欠点を強調する傾向が強いのだが、この指摘は再生エネルギーより原発の方に向けられるべきものではないか。将来原発設備が劣化した場合に撤去が適切になされるかどうかは、再生エネルギーの設備などとは比較できないほど不安ではないか。それに、原発は運転中に炭酸ガスを出さないというが、大量の排熱を冷却水の放出という形で海に垂れ流しており、海水温の上昇という環境破壊を起こしている。太陽光発電は、炭酸ガスも出さず、排熱も無視できる。もう一点は、

「そもそも電力供給の安定性という観点からは、再生可能エネルギーは限界がある。電気は常に消費する量をそのタイミングで生産しなければならないのに、再生可能エネルギーの発電量は太陽や風次第だからだ。発電量が足りないからといってお尻をたたいて増やすこともできないし、余ったときには発電を抑制する必要がある」

という竹内純子の意見だが、常に消費するタイミングで電気を調節しながら生産することなど原発には出来ない。だからこそ原発はベースロード電源としてしか存在意義がないのである。例えば太陽光発電の場合、「発電量が足りないからといってお尻をたたいて増やすこともできないし」と言っているけれど、思考に柔軟性がないようだ。多くの太陽光発電設備を設置し、必要に応じて一部の発電を停める、またはパネルの角度を変えて発電量を調節することは可能であろう。発電量の下方調整という発想が欠けているように見える。

再エネの欠点をあげつらうための記事らしいのだが、却って原発のデメリットに触れてしまっているようである。必要なのは『虫の目』などではなく「論理的思考」と「科学の目」ではないだろうか。

この様な国民をミスリードするような内容のものを「正論」として掲載することを是とする産経新聞に一番の責任があろう。

 


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