小事にも若干触れておくべきか?

移民法や北方領土問題などの国家的大問題にブログ紙面をとられてしまっていたので取り上げずに捨て置いた産経新聞の新聞記事にも若干触れておこう。先ず第一は10月29日の「正論」欄の新保祐司による「『正気』が光放った明治の気概を」である。この人、明治教だけに取り組んでいるように見えるが、その割には幅も奥行も不足の“ご説”ばかりが続く。この時のテーマは、

「明治時代を回顧したくなり、明治神宮外苑の「聖徳記念絵画館」で開かれている明治維新150年記念特別展「明治日本が見た世界」を観(み)に行った。」

との冒頭から、明治時代を回顧したい新保祐司が、明治維新150年記念特別展を見て、やはり明治は素晴らしいという、いわば自己陶酔だけで出来上がっているものだ。だから、元より「正論」なる言葉の対象ではない。

実際に回顧しているのは「明治時代」ではなく、新保祐司が素晴らしいと思い込んでいる明治時代の一部分だけなのであって、それ以外は見ようとしていないのである。およそ学問とか、科学とかに属するものではなかろう。やはり「明治教」としか言いようがない。そして結語部分も「浅い!」。

「『明治の日』という祝日が制定されれば、日本人が明治を振り返る機会となるだろう。「昭和の日」が昭和という激動の時代を回顧する日であるように、明治を記念する日が必要だ。」

「昭和の日」は昭和天皇の誕生日である。それをご逝去の後に呼び名を変えただけだ。回顧を目的とした日ではないのではないか。祝日を制定すれば国民が回顧するなどという発想自体が誤っていることに気付かぬ御仁らしい。明治天皇の誕生日をかつては明治節と言った。その呼び方を「文化の日」に替えた。私は「明治節(文化の日)」も「昭和の日」も不要だと感じる。クリスマスに皆がキリストの誕生を回顧しているとでも思っているのなら相当にオメデタイのではないか。

都留文科大という名を全く聞いたことがなかったのでウェブで調べた。文学部の入試情報というのがあって偏差値は55−60だとか。?!

時に、「悲劇的なまでに偉大だった時代」と明治時代を表現するのだが、これを文学的表現だと思っているとしたら問題ではないだろうか。「珍妙な」表現と文学的表現は異なるものであろう。

 


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2019 >>

にほんブログ村

selected entries

archives

recent comment

  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(88)人事考課を書き換えさせた石油資源開発人事部
    名無し (10/15)
  • 国際石油開発帝石(インペックス)は経営行き詰まりなのか?それを暗示する現象(2)
    名無し (08/20)
  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(132)ホテル代の踏み倒し
    No use (07/25)
  • 論理の誤り―纏向遺跡と桃の実の年代
    No use (07/24)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    No use (07/24)
  • 『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』を電子出版化した
    ふひと (07/11)
  • 国際石油開発帝石のイクシスプロジェクトは「大失敗」?!
    高松 和弘 (06/27)
  • 起きる確率の高い南海トラフ地震の被害額が1,400兆円以上と言うなら
    toshi (06/14)
  • 決裁文書の事後改竄は単なる文書管理の問題ではない
    giinnokoe (06/01)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    名無し (05/28)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM