園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(169)若杉社長との懇談会

経済産業省の審議官だった若杉和夫氏が三菱電機を経て石油資源開発の社長として天下ってきた。従来の天下りとは異なっている点があった。社内各部の課長クラスとの懇談会を希望したことである。社内の人材を見極めようとしたのだろう。

探鉱部の場合は海外関係と国内関係とに区分しての懇談会となった。部長は参加せず、海外、国内夫々の次長がまとめ役となった。海外関係の次長は後に副社長になった鈴木勝王である。社長懇談会に向け何度も担当主査達を集めてリハーサルをしていた。わが国内関係は打ち合わせなど一切せずに、主査達には「思ったことを思った通りに話せばよい」とだけ伝えた。表面を取り繕う気持ちなどなかったし、逆に社長の考えや能力を見極めてやろうと考えていた。

役員会議室の楕円形のテーブルの向こう正面に若杉社長が座った。私が国内担当主査の紹介を行い、国内探鉱についてごくごく簡単に説明した。若杉社長の言葉で印象に残るのは、「何かチャレンジングなことはないの?」と何度も尋ねたことだった。

某主査が堪りかねて口を開いた。

「我々探鉱部はチャレンジングなことをしようとしてはいません。地質データに基づき、十分な科学的な検討、評価を行ったうえで、最も有望なロケーションに試掘をすることを考えています」

といった、当たり前のことをである。

それを聞いた若杉社長はおかんむりだった。

「君ねえ、それは違うんじゃないのぉ」

語尾が伸びる独特の日本語でその主査を押しつぶしにかかったが、その主査は最後まで負けなかった。

そのやりとりを聞いて、科学的思考法の人ではなく、チャレンジングなプロジェクトがお好みの人だと感じた。やはり法学部出身の人なのである。

その傾向は後の海外プロジェクトへの対応に現れていた。経済性など考慮せずに、

「鉱区を取得したいなら、もっと大きいサインボーナスを提示しなくちゃ」

と、それがどれだけ商業性に影響するかなど無視した判断をしたのである。

社長懇談会の後、私は彼らに「新社長にはいうことを聞かない探鉱部と思われたかもしれないが、あれでいいんだ。プロジェクトは作るのが目的ではない。成功とは商業性を持つ油田ガス田を発見開発することなんだから。経済性を追求しないプロジェクトをずっとしてきた人間には分からないのかもしれない。我々は先輩たちが発見した油で収入を得ている。後世の後輩社員たちを食わせるだけの経済性のある油田ガス田の発見こそが我々の仕事なんだ」

と言った。

荒唐無稽な大言壮語的なものを”チャレンジング”なものと捉える可能性が高いと懸念したものである。

 


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