園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(167)帝石鉱区への試掘交渉(1)

私が探鉱部の次長の時のことだった。浅利康介君が連日の残業をしていた。彼は新潟全域の地震探鉱データを取り出して、全測線の解釈をし直して、彼なりのコンパイルをしていたのである。長期にわたった。その執念に近い、ひたむきな努力に心が動かされた。私もサハリン石油開発協力に出向して、或いはジャペックスオマーンに出向して、膨大な地震探鉱データと来る日も来る日も格闘した思い出がある。そして、その成果として油田発見をした経験があるからである。かつての自分の姿と重なった。

その解釈の結果とそれから導かれる試掘ロケーションに関しての探鉱部内の説明会に出席した。正直に言って、自分で解釈したわけではないので、その試掘ロケーションの有望性については判断が難しかった。しかし、膨大な時間と労力を浅利君が注ぎ込んだ結果なのである。この志、その思いには応えたかった。

「君が精魂こめて検討した結果の試掘ロケーションだ。幾つもを試掘させるわけにはいかないが1坑は掘らせてやりたい。その1坑が成功ならば、さらに試掘することも考えられるだろう。君の考える試掘ロケーションの中で、これだ、と思うものを一つ選びなさい。矢は1本しか持たせられないが魂を乗せて射てみればいい。試掘実現に協力したい」

と私は言った。

石油公団がプロジェクトの終結を迫る、つまりつぶされることが殆ど決まっていたオマーンのプロジェクトに出向させられた時、浅利君ではないが、夜を日に継いで地震探鉱データの再解釈を行い、ダリール地質モデルを作成し、石油公団に説明した。その説明会に出席しないとしていた当時の内山知事が途中から参加し、説明を聞き終わった時に、『この説明を聞いて1坑だけですが掘削させてあげたくなった』と言ってくれた。そしてその1坑が成功し、地質モデル通りであることも証明し、その結果ダリール油田が成立し、成功プロジェクトに変わったのである。私はその時の内山理事の英断を忘れてはいなかった。その経験が私にそう言わしめたのである。

浅利君は、試掘の場合の敷地候補地もすでに検討していた。

大きな問題があった。その有望ロケーションは自社の鉱区内ではなく、何と帝国石油の鉱区内にあったのである。他社鉱区に試掘をするには共同鉱業権の設定が必要となるのである。帝国石油を説得しなければならない。探鉱部の上層部は、帝石と交渉せよと指示した。私はネゴシエーターとなった。(続く)

【告知】

所要があり数日外出するのでその間のブログを休みます。その関係で毎日曜日に掲載の『園翁自伝』を1日早い本日に掲載しました。

 


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