「初代と二代目の関係」、真意は何処に

「二代目の苦労というものがある。余りに成功しすぎた父を持つ子は、どれほど資質と才能に恵まれていても生涯、父と比較されて割を食うことが多い、この点て、徳川家康と第2代将軍秀忠の関係ほど歴史の教訓に溢れている例も珍しい」

これは山内昌之氏の「歴史の交差点」(産経新聞10月22日)の冒頭の文章だ。「初代と二代目の関係」を論ずるのに最適の題材と捉えているようなのだが、実は家康と秀忠に家光を加えた三大の関係を題材にして考察しなければならないのである。

家康は甲州攻めの後織田信長にとって、不要というより取り除くべき邪魔ものとなっていた。その機会をうかがう信長に対し、荒木亡き後大外様大名として同様に信長に狙われていた明智光秀が家康と手を結び、本能寺の変を起こす。しかし、それを察知した豊臣秀吉の大返しによって明智軍は、家康軍が参戦する前に崩壊してしまう。家康の恨みは信長と秀吉に向けられていた。因縁をつけて秀頼を戦に駆り立てていく常軌を逸したやりように怨みの深さが出ている。信長と血縁関係にある江を妻とし、秀吉から秀の字をもらった秀忠の子になど徳川を継がせる気持ちなどなく。徳川家康を天下人にする元を作った、直接本能寺を攻め、信長を滅ぼした斎藤蔵之助の血を将軍家に取り入れるために、稲葉に嫁していたお福を無理やり離縁させ、家康との間の子を作ったのが家光であろう。春日局とは将軍の第二夫人の意だと聞く。秀忠は家光が成人するとすぐに家光に将軍職を譲る。そして秀忠の子、忠長などは殺されていく。こういった流れについては小説型ではあるが『かくて本能寺の変は起これり』(郁朋社)に書いた。

さてそう言う内容は別として興味を持つのは、何故初代と二代目の関係について山内氏が、今、そして「歴史の交差点」という欄にこれを書いたのかという点である。

安倍晋太郎―晋三、小泉純一郎―進次郎、或いはサウジのサルマン国王とムハマッド皇太子または別の親子の関係について言いたかったのか。いまだ謎が解けずにいる。

 


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