『万葉伝授』巻三の内容紹介

この巻は雑歌のうちの歌番三六〜八四の解読結果を記述したものである。歴史上不明だったことが数多く明らかになってくる。例えば歌番五〇の長歌からは、死の状況も、殯、葬送そして陵に関しても分からなかった天智天皇に関する重大事項が書き込まれていた。その要旨は「天智天皇が殺され、檜の棺に納められ、武人数十人の遺体と共に宇治川に流された。そして巨椋池あたりでそれを見つけた人たちが驚き、我を忘れて引き寄せたが、泉川(木津川)を遡らせた。天智天皇の支配する国が亡び、新しい世になることはかつて発見された亀の甲羅の文字でも明らかだった。棺は泉川を遡らせる。これは天が定めたことだ」というものだ。歌番五二には藤原宮の設計思想が隠されていた。歴史の謎が解けて行くのを実感できると思う。

 

(内容の長文紹介)

『萬葉傳授』巻三は雑歌の歌番三六〜歌番八四の解読に関するものである。『萬葉傳授』八巻シリーズの中の位置関係は次の概要説明から分かる。

『萬葉伝授』巻一  「萬葉集成立の背景」「『古今傳授』の謎の解明」など
『萬葉伝授』巻二  雑歌(一) 歌番一〜歌番三五
『萬葉伝授』巻三  雑歌(二) 歌番三六〜歌番八四
『萬葉傳授』巻四  相聞歌   歌番八五〜歌番一四〇
『萬葉傳授』巻五  挽歌(一) 歌番一四一〜歌番一九三
『萬葉傳授』巻六  挽歌(二) 歌番一九四〜歌番二三四
『萬葉傳授』巻七  本論(一)「解読結果一覧」「『日本書紀』歌謡時代分布との比較」「詠み人分析」「『古事記』歌謡との表現の差異」など
『萬葉伝授』巻八  本論(二) 「解読結果の主題別検討」「萬葉集の解読法」『釈萬葉集』

さて、死の状況も、殯、葬送そして陵に関しても『日本書紀』に記述がない天智天皇の死にまつわる話が歌番五〇に隠されていることが分かった。解読の例として以下に簡略に説明しよう。
この歌は『日本古典文学全集 萬葉集』の口語訳では、
「(やすみしし) わが大君の (高照らす) 日の神の御子天皇が (あらたへの) 藤原の地で 国じゅうを ご覧になろうと 宮殿を 高く作ろうと 神であるままに お考えになると 天地の神々も 服従しているからこそ (いはばしり) 近江の国の (衣手の) 田上山の (真木さく) 檜丸太を (もののふの) 八十宇治川に (玉藻なす) 浮かべて流しているのだ それを取ろうと 忙しく立ち働く役民も 家を忘れ 自分の事など少しも考えず (鴨じもの) 水に浮かんでいて 我々の作る 日の朝廷に 異国をも よしこせという名の巨勢道から わが国が 常世になるという めでたい模様を背に負った 不思議な亀も 新時代を祝福して いづみの川に 運び入れた 檜丸太を (百足らず) 筏にして 川をさかのぼらせているのであろう 精出して働いているのを見ると 神である天皇の御意であるらしい」
となっている。分かりにくいのであらすじを簡潔に纏めれば、
(一)天皇が国中を見るために藤原の地に高殿を作ろうとした
(二)天地の神々が(天皇に)服従しているからこそ田上山の檜丸太を宇治川に流した
(三)それを取ろうと働く役民は家を忘れ自分も忘れ、水に浮かんでいる
(四)我々(誰のこと?)が作る日の朝廷に
(五)異国もよしこせ(授けよ)という名の巨勢道から
(六)わが国が常世の国になるとのめでたい模様を背に描いた亀も祝福した
(七)いづみ川に運び入れた檜丸太を筏にして川を遡らせているのだろう
(八)精出して働く様子からは神である天皇の命令であるらしい
となるが、文脈がつながらないことが分かるだろう。原文、
「八隅知之 吾大王 高照 日乃皇子 荒妙乃 藤原我宇倍尓 食國乎 賣之賜牟登 都宮者 高所知武等 神長柄 所念奈戸二 天地毛 縁而有許曽 磐走 淡海乃國之 衣手能 田上山之 真木佐苦 桧乃嬬手乎 物乃布能 八十氏河尓 玉藻成 浮倍流礼 其乎取登 散和久御民毛 家忘 身毛多奈不知 鴨自物 水尓浮居而 吾作 日之御門尓 不知國 依巨勢道従 我國者 常世尓成牟 圖負留 神龜毛 新代登 泉乃河尓 持越流 真木乃都麻手乎 百不足 五十日太尓作 泝須良牟 伊蘇波久見者 神随尓有之」
を、個々の漢字の意味の確認、記載されている出来事などの『日本書紀』などとの対比などにより検討すれば次のようなことが分かる。
まず、歌の舞台が近江国と山城国に限定されている。従って「藤原宮の役民が作る歌」という題詞と内容が一致しない。藤原宮造営のための木材を切りだして運んでいるかのごとく装うが、宇治川の上流の田上山で切りだした木材を筏にして流したとして行き着くところは巨椋池である。さらに南に送ろうと泉川(木津川)を利用しても巨椋池から今度は流れを遡らなければならない。そして泉川は大和と山城国との境に沿って東に向かう。すなわちさらに南に向かうために利用する佐保川の上流との間には山があるのである。藤原宮造営のための膨大な木材を延々、山を越えてまで琵琶湖に近い所から運んだなどとは考えられない。もし藤原宮造営のための木材を調達するのならば、初瀬川沿いの山から切り出す方がはるかに便利である。
原文の「圖負留神龜毛」だが、「図を負える」というのは亀の甲羅に図、文字などが書いてあることを言う。天寿国繍帳では亀の甲羅に四文字ずつを書いている。頗る道教的なものだ。
『日本書紀』には唯一、天智天皇九年(六七十年)の所に甲羅に文字が書いてある亀が発見されたとの記述がある。引用すれば、
「夏四月癸卯朔壬申夜半之後、災法隆寺、一屋無餘。大雨雷震。五月、童謠曰、
于知波志能 都梅能阿素弭爾 伊提麻栖古 多麻提能伊鞞能 野鞞古能度珥
伊提麻志能 倶伊播阿羅珥茹 伊提麻西古 多麻提能鞞能 野鞞古能度珥
六月、邑中獲龜、背書申字、上黃下玄、長六寸許」
である。天智七年くらいから天智天皇にとって不吉な天象気象が現れ、意味深長な童謡も流行った。上記の童謡の初句「于知波志能」も「宇治橋の」ではないかとも思える。この歌にある亀の甲に描かれていたのは恐らくその申の字であろう。申の字は日を一本の棒が刺し貫く形だ。天皇を倒すことを意味している。上黄下玄も天下がひっくり返ることを意味している。しかもこれは天智天皇崩御の直前の時の話である。

 


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