『太安万侶の暗号(三)〜卑弥呼(倭姫)、大倭を『並び立つ国』へと導く〜』を電子出版した

2017年11月2日に(株)麁鹿火を設立して以来、著書の電子書籍化を進めてきた。新規の出版に関しては『萬葉伝授』全8巻、『北魏再興国家としての日本(漢家本朝)』、『サハリン石油開発6年の体験記』、『調達の闇』2巻、『グヌン アグン』、『グッダイパース2』などを電子出版し、加えて『太安万侶の暗号シリーズ』などの紙媒体で既出版のものの電子書籍化も進めてきた。その数は既に二十数冊に及んでいる。今回は『太安万侶の暗号(三)〜卑弥呼(倭姫)大倭を『並び立つ国』へと導く〜』を電子出版した。何時ものように福士亜矢子により表紙(カバーデザイン)も新しくした。

古来三国誌の中の魏書の「東夷 倭人」の部分に明記されているにもかかわらず『古事記』にも『日本書紀』にも勿論後の「神皇正統記」や『愚管抄』などにも全く記述のない邪馬台国や卑弥呼に関しては、人物及び国の比定に異論百出の状態である。いまだに決定的な解読が出来ていない状態であるが、それ故に歴史屋に言いたい放題の世界を提供しているともいえる。それを解くカギは縄文時代以降の日本列島における歴史をしっかり理解するのが大切だと思う。魏志倭人伝の謎を解くだけではなく、卑弥呼が何故魏に遣使をしたかなどの背景分析も行っているので、解釈混沌といった世界をむしろ好む方たちには申し訳ないけれど、真の歴史を知りたい方には参考になるのではないかと思う。伊勢神宮の創建、その原因となった崇神天皇が代々天皇が継承した神器と同殿できなかった理由までさかのぼる必要があるのである。新しい視座、視点が存在することを楽しんでいただきたい。

電子出版に当り、アマゾンに以下の紹介文を載せている。参考までに引用しておく。

 

『太安万侶の暗号(三)〜卑弥呼(倭姫)、大倭を『並び立つ国』へと導く〜』の紹介文

 

卑弥呼の名と行動、そして邪馬台国について魏志には詳細な記述があるにもかかわらず、『古事記』も『日本書紀』も一切それに言及しない。その理由は編纂を命じたものが天武天皇以降の北魏系渡来氏族が作り上げた新王朝(漢家本朝)を天照以来の一系の、しかも男系の継承によるものと偽るためだった。

その北魏系の漢家本朝の創作した万世一系の天皇の“お話”を明治政府は天皇神格化という政治目的に利用するだけでなく、強力に、そしてしつこく学校教育によって国民の脳に植え付けてきた。現在でも天皇の譲位や代替わりのたびに、天皇の仕事は「国民のために祈ること」などという、”願望”を事実のように”唱える”ものが、いや学者までいる始末である。学校では教えない、後鳥羽上皇が起こした承久の変の状況を見るがよい。天皇(上皇)の救いがたい、「自分さえ助かれば、の精神」を理解できると思う。

『古事記』や『日本書紀』の歴史改竄については拙著『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』や『北魏再興国家としての日本(漢家本朝)』などの研究書で詳述しているので参照いただきたい。

本書では、東北にあった日の本の国のいわば植民国であった大倭が、百済人の崇神天皇の出現で日の本国という宗主国と緊張関係になり、統治者のしるしである神鏡と神剣に祟られ、それらを宮中から追い出さざるを得なくなった経緯、その事に依る疫病蔓延による人口半減などの祟り、その祟り封じのための伊勢神宮の建設のあと、佐保毘賣、佐保毘古の乱、その子ホムチワケの乱の起きる中、大倭を日の本国から独立させるための魏国の利用とそのための卑弥呼の遣使などについて説明している。ヤマトタケルの物語の歴史的位置づけも行った。併録の論考「邪馬台国考」では、卑弥呼の墓の推定や、伊勢神宮下宮の起源なども考察している。卑弥呼は日本の歴史に大きな存在感を持つ存在なのである。

明治以来の歪んだ歴史教育の内容にもやもやとした違和感を持つ方には、視点、視座を変える契機になるのではないかと思う。

なお、『太安万侶の暗号シリーズ』に記した本書のあらすじ文を以下に示しておく。

 

あらすじ

兄妹婚(姦)という近親相愛の関係にあった佐保毘古、佐保毘賣の一人佐保毘賣が垂仁天皇の后に求められた時、佐保毘古は垂仁天皇の暗殺を企てる。しかしことは露見し、佐保毘古の屋敷の近くにある佐保山の陣は軍に囲まれる。そこに佐保毘古の子を身ごもっていた佐保毘賣が逃げ込み、ホムチワケを火の中で産む。

ホムチワケを我が子と信じる垂仁天皇はホムチワケを手に入れた後、佐保毘古と佐保毘賣を焼き殺す。

この過酷な経験がトラウマとなりホムチワケは成人しても言葉を発しない。出雲の大社に参ればものを言うとの託宣に、ホムチワケは出雲に行き、その神官から本当の両親の話等を聞く。復讐に燃えたホムチワケは垂仁天皇を討つべく多賀のアテルヒの神の助力を得て戦う。

この状況に伊勢神宮でアテルヒの神をまつる巫女をしていた倭姫は、伊勢神宮の山田国の女王として腹心の巫女ナトメを魏に派遣する。魏の明帝は「親魏倭王」の称号と道教をはじめとした多くのものを倭姫、日の巫女(卑弥呼)に与えた。

景行天皇は日の本の国の日高見軍に押されて一旦九州にまでのがれた後に倭にまで押し返した。

倭タケルは草なぎの剣を持つという奇策で日高見軍の攻撃を受けずに東国まで行ったが、尾張のミヤズヒメのところに草なぎの剣を置いて伊吹山に入ったところを攻撃され命を落とす。倭タケルの子、仲哀天皇は崩れに崩れ、新羅系の娘息長帯媛を后として新羅系渡来民を味方につける。それでも崩れは止まらず、筑紫にまでのがれたところで仲哀天皇は刺客に暗殺される。

驚いた息長帯媛は海を渡って新羅にまで引き、体勢を立て直して倭に攻め上りようやく大倭を立て直す。そして親魏倭王の金印を日の本の国に示して、大倭は魏の国も認める国だと説明し、遂に日の本の国に『並び立つ国』として認めてもらうことに成功する。

縄文時代からアワウ(奥羽)の国とも呼ばれた日の本の国の支配を受けていた日本に大倭という分国がついに成立したのである。

息長帯媛は大倭の宗教的中心を作ろうと倭姫(卑弥呼)を祭神とする神宮を伊勢の五十鈴川の外側に建設した。内宮のアテルヒの神の世話をした倭姫にふさわしい豊大食大神と名付けた。そして倭姫が眠る高倉山を拝する多賀の宮を建設した。

年老いた息長帯媛は伊勢の外宮に参り、亡き倭姫に大倭独立の報告と礼を述べ、親しく語りかけるのであった。

なお、巻末に「園田豪の『邪馬台国考』」と題して、邪馬台国に関する考察を付した。


医療のAI化、それが本当に目指すべき道なのか

産経新聞(26日)の「正論」欄はがん研の医療研究センター所長、中村祐輔による「人工知能が変える医療の未来」と題するものである。見るからに頭脳明晰な方で、文章における論理もしっかりしているように見えるのだが、中に「あれ、本当?」というような部分もある。内閣府のプロジェクトメンバーと共に視察旅行をするクラスになると、その道の偉い人であるだけに、偉すぎて却って現実が見えなくなっていることがあるものだ。

さて石油開発企業の調達業務に絡む闇の世界を描いた拙著『調達の闇』シリーズの中に「お脈見坊主」というのを書いたが、かつては医者は脈を診て大要を判断した。現在でも漢方医はまず脈を診る。そしてどの臓器が悪いかなどをぴたりと当てるのに驚くことが多い。西洋医者は検査の数値でものを判断する関係で医術の基本であった脈見を捨てたようだ(正確には脈での診断能力を失った)。

心臓に関しては心電図という心臓の活動における電気的な情報を並べたものがある。いわば心臓に関する多くの情報からフィルターをかけて電気的データだけを取り出したものである。換言すれば電気データ以外を捨て去ったものである。即ち心臓に関する電気的側面だけしか扱っていない。

脈は、強弱、その時間的関係、吸い込み量と吐出量の感覚的把握もできる、アナログではあるが有用な情報をもたらす。しかしそのようなデータはデジタル的数字データではないため、AI化にはそぐわない。

AI化が素晴らしいとほめたたえても、AI化しやすいデータだけの症状判断になるという重大な欠点を包含していることを忘れてはならない。

記事によれば看護師の仕事の30%は記録に関するもので、AI化が進めば不要になるものだという。しかしそうならその時には看護師の30%は削減することになるのではないかと感じるが言及はない。

中村祐輔によれば、医療のAI化のメリットは、医師がカルテに電子入力する手間が省け、その浮いた時間を患者とのコミュニケーションに使えるというもののようだった。

どうやら詭弁の匂いがする。根本的なとらえ方に間違いがあるのではないか。カルテへの入力時間が問題ではなく、取り扱う患者数を多くして利益を上げようとするからこそ診療時間も会話時間も短くなるのではないか。AI化で時間に余裕ができてもそれは患者とのコミュニケーションに充てられるのではなく、間違いなく診療対象の患者を増やすことに使われるだろう。

末尾の文章は、

「AI化したホスピタルは、国の大きな財産となり、国民の健康維持、医療費の増加抑制にも有用だ。オールジャパンと叫ばれて久しいが、利権がこれを阻む。これでいいのか、日本の医療は!」

というものだ。中村祐輔自身が「利権がこれを拒む」と「医は金術」の現実を認識しているではないか。「医も金術」「医療行政も金術」そして「医療政策は大金術」、これらを改めなければ、AI化もマイナンバー制度と同じように、IT屋、医者、官僚、政治家の儲けのもとになるばかりではないだろうか。

 


「黒川の手帖」が怖いのかもしれない

黒川東京高検検事長の定年退官のそれこそ直前に半年間の定年延長を「特別の事情」で閣議決定した安倍政権に「司法介入」或いは『指揮権発動』という非難が社会からも法曹界からも出ている。当然だろう、時の総理大臣を逮捕、訴追するかもしれぬ検察官人事に安倍晋三内閣が干渉したのだから大ごとである。

https://www.sankei.com/column/news/200218/clm2002180005-n1.html

の、産経新聞(218日)の「一筆多論」の「厳格な定年規定の意味」に明確に記述されているように、

「定年規定を含む検察庁法は裁判所法とともに戦後間もない昭和22年に成立した。司法権の独立、それと不可分の関係にある検察官の独立が極めて重要と考えられたからだ。かたや一般の国家公務員の定年やその延長などを定めた改正国公法が成立したのは30年以上も後の昭和56年だ(施行は60年)。国公法改正時の衆院内閣委員会では当時の人事院任用局長が「検察官と大学教員には国公法の定年制は適用されない」と度々明言、それまで定年制度がなかった国家公務員にだけ適用することを明らかにしている。以後、これを翻す答弁などは記録されていない。」

この『司法の独立』のための法を安倍晋三首相は踏みにじるかのように無視した。安倍政権よりの産経新聞でさえ、

「異例の措置は今夏の退任がささやかれる稲田伸夫検事総長の後任に黒川氏をすえるためのものとされており、これが事実なら政府が「検察トップの人事に介入した」といえる前例をつくることになる」

と書いて批判している。

奥野総一郎衆議院議員による「(黒川氏の)検事総長任命は検察庁法上、可能か」との質問主意書に対して政府は218日の閣議で「(法解釈を変更したので」可能だ」とする答弁書を決定した。

本来司法の独立性にかかわるような変更は検察庁法の改正或いは但し書きの追加によって、立法府たる国会において審議のうえ決議・変更されねばならない。一内閣の閣議で三権分立にかかわる法の運用を恣意的に変更などできるわけがない。野党や国民は最高裁に判断を求めるべきではないか。

それにしてもこのおごれる平家をしのぐ増長した安倍晋三政権は日本という国の基本システムまで破壊しようとしている。

しかし、黒川東京高検検事長の定年退官に伴う送別会まで設定されていた段階でこんな無茶をするのは、それだけそうしなくてはならない事情を安倍政権が抱えていたことを表している。一閣僚の事情などでは手を付けられぬ内容なるがゆえに、これは安倍晋三首相個人の事情によるものと考えるのが自然だろう。「桜を見る会」の前夜祭にかかわるホテル側からの明細書、領収書に関して、当然強い圧力があったはずであり、安倍晋三首相が国会予算委員会などで、明言してしまっているところからはホテル側を従わせられると判断していたはずなのだが、ANAホテルがそれを明確に否定したところから、ひょっとすると逮捕、訴追の可能性が出てきたのかもしれない。桜以外にも加計問題、記述式テストの強引な導入、エアバス導入、15千万円の選挙資金問題、IR疑惑など、法に触れる可能性のあるものは多く存在するのではないか。

想像するに、世間的にも、法的にも正当には見えぬことをごり押しせざるを得ない切羽詰まった状況に追い込まれているのだろう。

と考えているのだが、特別待遇対象者は東京高検検事長である。政界の数々の違法・脱法行為の証拠を握っている可能性が高い。それを表に出させないための優遇というケースも考えうるのではないか。

黒川の手帖」が怖いのかもしれない。

参考のため関連記事を以下に示しておく。

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/「事実上、安倍政権の指揮権発動」法曹界が黒川検事長の定年延長に反発/ar-BBZCDrK

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/「検察版・桜を見る会」で破壊される法治国家/ar-BBZJFWP

https://www.msn.com/ja-jp/news/politics/東京高検検事長の%ef%bd%a2定年延長%ef%bd%a3%ef%bd%a4その本当の狙い-露骨な介入で脅かされる検察の政治的中立性/ar-BBZLX0a

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/黒川検事長の定年延長の背景に「河井夫妻15億円」の闇/ar-BBZRSVZ?ocid=spartandhp

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/黒川・東京高検検事長の定年延長-官邸と“お庭番”に強まる反発/ar-BBZTz5z

 


産経新聞は「論外」などではありません!

安倍政権支持に関する潮目が変わってきたと何回か書いてきたが、最近は安倍批判が増えてきたように感じる。それと共に安倍晋三首相の顔つきがすぐれない。勿論、腰ぎんちゃくのような者もいて、疑惑をそらすための言動などをしているが、本流の流れが変化したことも感じないのかもしれない。それを反映してなのか、このブログのような個人の、しかもアクセス数が月に何万件という小さなものにも、時折何らかの手が伸びてくるのを感じる。

まずは24日の「風を読む」、書き手は論説委員長乾正人だ。

「確かに「桜を見る会」問題は、公的行事を「私物化」した安倍晋三首相側に非がある。野党が攻め立てるのも道理だが、…」

と、安倍晋三首相が悪いと言い切っている。

27日の「主張」には北方領土に関して、

「領土交渉の破綻認めよ」

との見出しまで登場している。ここでは破綻を示す、

「谷内正太郎前国家安全保障局長は1月下旬、BSフジ番組でロシア側が領土問題を盛り込まない無条件の平和条約締結を求めている事実を認め「何らかの前進をみるためにほかにやることがあるのかというと、ない」と断言した」

との記述がある。失敗を認めずにそれを隠すのは卑怯者のすることである。

少し溯って121日の「主張」では、安倍晋三首相の施政方針演説を取り上げ、

「首相が国会で、日本が直面する難題とその打開策を正面から説かないでどうするのか」

と、言ったとおりにならないことや不始末には触れない態度を戒めている。

131日の「主張」では、

「「安倍晋三首相は参院予算委員会で「国民の命と健康を守ることを最優先に、やるべきことは躊躇(ちゅうちょ)なく決断したい」と述べた。だが対応はまだまだ中途半端であり、後手に回っている印象を与える。

 第1便で帰国した日本人のうち2人は一時ウイルス検査を拒否して帰宅した。発熱などの症状がなかったためとされるが検査で陽性となった2人にも症状はなかった。安倍首相は「法的な拘束力はない。人権の問題もあり踏み込めないところもある」と述べた。感染を防ぎ中傷から守るためにも検査は必要だった。無症状の人からも陽性反応が出ている。政令と現実の乖離(かいり)を埋めるべく政府の責任で超法規的に検査を受けさせるべきだった。政府は新型肺炎を「指定感染症」に定めたが、2月7日の施行後も対象は感染が確認された場合に限られ、確認がまだの人には強制力がない」

と危機管理能力の不足と、判断・対応の誤りを指摘している。

28日の「主張」では有本さんの死去に関して、

「拉致事件の解決を政権の『最優先、最重要課題』と繰り返してきたのは、ただのうたい文句ではあるまい」

と指摘。本当は「ただのうたい文句だ」との安倍政権の本質をついている。

27日には、安倍政権の検察庁人事への政治介入に関連して、山田紳氏の風刺画を掲載している。その画からは安倍晋三首相が口外できぬ目的で人事介入したと容易にわかる。しかし記事としてはこの実質的指揮権発動と思われる暴挙を産経新聞は伝えたがらないようだ。

215日の「主張」では、

「安倍晋三首相や菅氏は新型肺炎に対して「先手先手で取り組んでいる」と語っているが、果たしてそうだろうか。日本は米英などと異なり、中国からの旅行者の入国を認めるなどざるで水をくむような出入国管理をいまだに続けている。横浜の大型クルーズ船への対応は内外で「感染を広げた」とみなされ、日本の印象を損なっている。水際対策で政府は後手に回ってきた点を猛省し、国民の生命と健康、社会を守るため、今後は迅速な決断、対応に努めるべきだ。」

と書いている。ともあれ安住淳議員が産経新聞を全体として「論外」としたのであれば、それは誤りではないか。勿論安倍官邸のポチさながらの記者がいることは確かに感ずるが。

総じていえば、産経新聞は「論外」などではなく、立派な部分が多い新聞だと感じる。

 


陣笠代議士じゃああるまいに、立場にそぐわぬ品格の無さ

He doesnt have enough capacity to control himself!!

何とも情けないものを見た感じだ。212日の衆院予算委員会で辻本清美議員が質問の最後に、

「「タイは頭から腐る。社会、国、企業の上層部が腐敗していると残りもすぐに腐っていく。ここまできたら頭を代えるしかない」

と発言したら、安倍首相が安倍首相はブチ切れ。吐き捨てるように、

「意味のない質問だよ」

とヤジを飛ばしたばかりか、続く質問者の立憲の逢坂誠二議員に、

「罵詈雑言の連続。私に反論の機会が与えられず、テレビ付きで延々と繰り返された。ここは質疑の場であって、一方的に罵る場なんですか? これでは無意味じゃないか、と申し上げた」

と答弁したそうである。

先に言っておくが私は辻本清美国会議員は嫌いである。声も聞きたくなければ顔も見たくない。しかし、報道されている上記発言は、聞いて激高するような内容ではないではないか。

「タイですらそうだ。まして鮟鱇ならもっと速く腐るのではないか」

とでも付け加えればもっと効果があっただろうに。それにしても辻本清美議員の発言を「罵詈雑言」ととらえるのは単純に日本語能力の不足が原因だろう。そして頭にくるような発言でもない。冒頭の英語で表現したように、もはや「自己制御」ができない「感情的に極めて不安定な」人であることが明白である。

首相、総理大臣は行政の長であるとともに軍の最高指揮官である。すぐに頭に血が上り前後の見境もなく喚くような人には務めさせてはいけない。総理大臣として欠格といってよいだろう。

産経新聞の214日の「主張」にもこの件について、

「反論の機会も与えられずに罵詈雑言を浴びたと安倍首相は受け止めたのだろう。だが、一国の首相が野党議員の非難に腹を立ててやじを飛ばすのはみっともない。もっとどっしり構え、憲政史上最長の在任となった首相らしい振る舞いを心がけてほしい」

とある。説明の機会を避け続けるのが常の安倍首相が、「反論の機会も与えられずに」と思うわけはないと感じるが、それはともかく産経新聞でさえも安倍晋三首相が「日本国の首相らしくない」としているのである。

陣笠クラスの代議士が議会や委員会でヤジを飛ばしたら、それを礼節を守りながら静かにたしなめるのがトップの役割ではないか。国のトップというより「お山の大将」クラスの器に見えてしまう。

日本の不幸も極まれりの感が強い。

 


偏ってるねえ、産経抄(2月8日)

有本恵子さんの御母堂死去関連が続くが読んでいただきたい。産経新聞(28日)の「産経抄」だ。(https://special.sankei.com/f/sankeisyo/article/20200208/0001.html

「「痛恨の極みだ」。安倍晋三首相は6日、拉致被害者の有本恵子さんの母、嘉代子さんの訃報にこう悼んだ。父の晋太郎元外相の秘書官時代から、嘉代子さんと夫の明弘さんの訴えに耳を傾け拉致問題に取り組んできただけに、真情からの言葉だろう。何とも歯がゆい現状である」

父親の安倍晋太郎外務大臣の頃から北朝鮮による拉致被害者問題に取り組んできたというからかなり長年月のかかわりである。そして歴代総理大臣として最長というこれまた長年月を総理大臣として拉致問題に取り組んできている。勿論拉致問題担当大臣までおいての事である。かく時間をかけての取り組みにもかかわらずその成果が得られぬのでは「無策・無能の極み」とは言われないのだろうか。「痛恨の極み」などというありきたりの言葉で終わらせてはならないのではないか。「痛恨の極み」が「真情であろう」と思わせる、の理由が、関わった年月の長さだけでは…、そう思うのはこれを書いた“抄子”だけかもしれない。

「「明弘、あなたはきっと勝利するでしょう」。昨年6月には、米国のトランプ大統領からこんな直筆の手紙も届いた。嘉代子さんは、安倍首相とトランプ氏の緊密な連携に「今が解決へ最後のチャンス」と望みを託してきたが、とうとう間に合わなかった」

「戦闘機を買うから」「牛肉をもっと輸入するから」と言ったかどうかは別としてトランプ大統領から手紙が届いたといっても意味があるのか。交渉すべきは金正恩である。届くべきは拉致被害者そのものである。米大統領と緊密であれば解決できるというほど外交が簡単なら、すでに北方領土だって返還されていることだろう。こういうことを書く抄子なる人の頭を疑う。

「抄子が、明弘さんからこんな手紙をもらったことは以前記した。「憲法改正を実現し、独立国家としての種々さまざまな法制を整えなければ、北朝鮮のような無法国家と対決できません」」

だから憲法改正が重要だとこの抄子は言うのだが、憲法改正のめども何も全くない時から「私の内閣で取り戻す」などと安倍晋三首相は言っていたではないか。何やら拉致被害者奪還をしなかった理由を憲法改正問題にすり替えているようだ。公正な目を持たぬ抄子だこと。

「(枝野氏は)政府に注文を付けた。「口だけではなく、ちゃんと物事が前に進んでいくよう強く促し求めていく」。もっともらしいが、では枝野氏はこれまでどんな活動をしてきたのか」

に至るともはや問いかける相手を間違えている。拉致被害者奪還の任にあるのは政府であって、野党、ましてや枝野個人などではない。無学、無教養の“ぶーたれ小僧”の如き言というべきである。

末尾が興味深い。

「抄子は持病悪化による第1次政権退陣から間もない平成19年12月、安倍首相が衆院議員会館の自室で明弘さんと今後の拉致問題について真剣に話し合う姿を目撃した。口だけに映るのはどちらだろうか」

安倍首相と明弘氏が議員会館の自室で面談したのを目撃し、しかもその内容までその場にいて知っている産経新聞の記者というのだから、ははあ〜ん、あの男かと見当がつく。それがひそかにでも金正恩と話し合う姿であったならともかく、拉致被害者奪還に直接結びつく行動ではなく、拉致被害者家族のガス抜きのようなものだとは思わないのだろうか。この抄子、まるで阿比留瑠比のように見える。

 


アヴェード ヴァスクレセーニィヤ(みちたけランチ)(276)

異常な暖冬だと感じるがそれでも2月に入って時折ではあるが小雪が舞う日が出てきている。とはいえ、日の出は早くなり、日差しも強くなった。外に出なければもう春だと思ってしまう。木々の枝にも芽が出始め、季節は春に入っているようだ。

本日の特別料理は、石巻産の白子(キク)と宮城県産の牡蠣の辛味鍋だ。春の日差しの中に粉雪が舞う外を窓越しに眺めながら、東北の冬の味覚の王様である白子と牡蠣を味わうのである。牡蠣は大振りだがぷっくりとしまったボディをしている。食べる前から美味い、そんな感じの牡蠣である。

鍋の命とも言える出汁は、カツオ、昆布、チキンスープ、コチュジャン、豆板醤、ごま油で作った超豪華版だ。熱くて、辛味のある鍋に大いに体が暖められた。

デザートはメカブとエビのゼリー寄せだった。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(224)掃除の女の子(2)

家主の検査確認が時折入るのでは、それも抜き打ちでは最低週一回は掃除をしなければならない。はてこまったと思っていたら、木暮君が専門サービスを頼みましょうかと言ってくれた。考えたが、同じ金を払うなら現地に来ているワーホリの女の子に払った方が有用ではないかと考えた。しかしどうやって探すかに問題があった。

そんな時に先に書いた運転免許取得の講習に行ったのである。そこにはどこかの駐在員の奥様と思しき女性と若い女の子がいた。講習中の休憩時間にはお茶とお菓子が出るのだが、それを楽しんでいるときに、掃除の女の子を探していて、ワーホリの子に頼めば日本人支援にもなるかなんてことを話した。そうしたら隣にいた女の子が、

「私ではどうですか?だめですか?」

と聞いてきた。すかさず奥様が、

「佳いバイトが見つかったわね」

と私がまだ何も言わないうちに、さも決まったような口ぶりで話した。

断る理由などないのでその女の子に週一回、毎週土曜日の掃除を依頼した。料金は一回40ドルである。倹約して1日当り5ドルで生活しているワーホリがいた時代だから、毎週一回40ドルは価値あるバイトだったようだった。

その子は茨木県の鹿島の方の女性で、木綿子さんという。勿論すでに結婚し、お子さんも生まれ、楽しく暮らしているようだ。今でもお便りをいただくことがある。ワーホリを家に入れるのは危険なんて言う人がいたが、掃除を依頼してよかったと思っている。

 


| 1/679PAGES | >>

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
<< February 2020 >>

にほんブログ村

selected entries

archives

recent comment

  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(88)人事考課を書き換えさせた石油資源開発人事部
    名無し (10/15)
  • 国際石油開発帝石(インペックス)は経営行き詰まりなのか?それを暗示する現象(2)
    名無し (08/20)
  • 園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(132)ホテル代の踏み倒し
    No use (07/25)
  • 論理の誤り―纏向遺跡と桃の実の年代
    No use (07/24)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    No use (07/24)
  • 『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』を電子出版化した
    ふひと (07/11)
  • 国際石油開発帝石のイクシスプロジェクトは「大失敗」?!
    高松 和弘 (06/27)
  • 起きる確率の高い南海トラフ地震の被害額が1,400兆円以上と言うなら
    toshi (06/14)
  • 決裁文書の事後改竄は単なる文書管理の問題ではない
    giinnokoe (06/01)
  • (続)石油資源開発の新役員布陣が発表されたが―身体検査は大丈夫か?
    名無し (05/28)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM