麻雀接待係に朗報、テンピンなら罪にならない

法を犯したものを捜査し、起訴する検察官、それに対しては、一般人にもまして法を厳格に適用しなければ、国民の順法性が低下する。しかしながら、法務省というこれも法律を取り扱う役所が、黒川東京高検検事長の賭けマージャンという賭博行為をテンーピンというレートだからと懲戒処分をしなかった。本人が「身から出た錆」と言っているというのに、国民の血税を減額もなしに黒川の退職金に使うなど許されることではあるまい。まるで悪事奨励策のようではないか。法務省も検察庁も刑法には掛け金の金額に依らずとある賭博罪にこの金額までなら罪に問わないとの基準を示したことになる。なるほど、賭博施設を海外から誘致しようとする政府の法務省である。

しかし、刑法に規定のある賭博罪の運用を裁判所ならいざ知らず、法務省や検察が決めてよいはずがない。賭博罪に金額の基準を設けるならば、きちんと国会で改正法を成立させるべきではないのか?

5月23日の産経新聞の『週刊誌ウォッチング』では「麻雀やゴルフでかけていない男はまれだろうが」と花田紀凱なるものが書いている。産経新聞がそんなことを紙面に書かせて良いのか?法律違反するのが普通だというのだが、普通ではないと思う。花田レベルの輩がそうだということではないのか?

検察は検事長という肩書にひるむことなく、厳正に黒川に対し賭博罪を適用すべきだ。何年も前から毎月複数回の賭けマージャンというのだから賭博の常習者であろう(法務省ではこれを常習者とはしないそうだ、行政が判断することなのか…)。仲間内に甘いのなら、黒川事件の元になった安倍晋三首相(官邸)と同じではないか。それでは「愁装裂実」になってしまうだろうに。

さて、産経新聞が嘘をついているのでは?と思うことがある。5月22日1面の「記者2人数年前から賭けマージャン」と題する記事には、産経新聞の調査結果なるものが載っている。そこでは「賭けマージャンは1か月に数回のペースで、東京都内の記者の自宅などに集まって行われていました。先月、新型コロナウィルスによる緊急事態宣言が出された後も5回程度行われています。2人はいずれも、金銭のやり取りがあったことを認めています。記者2人の説明では、取材対象者の送迎には、記者が用意して同乗するハイヤーを利用し、主にこの車内で取材が行われていました。実際に取材メモなどが確認されました」とある。

そうだろう、産経新聞社から費用(取材経費)が出ないならハイヤーでなど送迎できるわけがない。勿論麻雀の賭け金の費用も産経新聞が負担したのではないか?目的は親睦ではなく取材という仕事なのだから。そうであればだが、取材に対しての謝礼の意味がそこにこもっているのではないか。情報をもらうのに金を支払うようになるなら、「今度はこう書いておいて」などという逆の依頼にも応じなくてはならなくなる。パイプというものは一方通行ではないのだよ。是を癒着(爛れた関係)という。(とにかく産経新聞の説明は説得力に欠ける。取り繕いに苦労した様子が見えるようだ。)

さて5月23日の読売新聞電子版には、「産経記者2人と朝日社員は、いずれも黒川氏の取材を担当したことがあり、旧知の間柄だった。」との法務省の調査結果の一部が紹介されている。

この調査報告の内容からは、産経新聞の当該記者は「かつて」黒川を取材したものとなっているのである。そして参加していた朝日新聞記者は、かつて黒川を担当した記者で、勤務時間外の個人的な行動として賭けマージャンに加わっていた、即ち取材ではなかったと発言している。そして朝日新聞記者と産経新聞記者は旧知の間柄だったと。

これらからは二つの可能性が少なくとも見える。産経新聞記者が取材ではなく黒川と個人的に賭けマージャンを楽しみ、ハイヤー代などを会社に無断で負担させていたケースや、産経新聞記者の誰かが取材のために黒川の賭けマージャン仲間を誘って(利用して)取材の機会を汚いやり方で作ったというケースだろう。

取材に関する機密を守るという、本来崇高な目的のための事を不祥事隠しに用いるのは到底賛同できない。

それにしても取材先に肉薄するためには法を犯してもという態度からは、政権、権力におもねった記事が目立つのもむべなるかな、である。産経新聞には立派な人も多いのに残念なことである。

川柳は、川の流れか、偶成の、戯れ歌など、ついでながらに、

先ず一首:「安倍川の 黒き流れに 耐えかねて 元の泉の純(きよ)さ 恋しき」

もう一首:「余りにも 小渕に欠ける 可愛さよ 賭けマージャンなど 何のものかわ」

あと一首:「黒革の 手帖の顕示 出来かねて 早朝の夢 見れどはかなく」

一句も:「金の粉まみれ 安倍川餅の 甘さかな」

オソマツ!

 


アヴェード ヴァスクレセーニィヤ(みちたけランチ)(290)

情けない世の中になったもので、「アベノマスク」という何の役にも立たぬものが、税金の無駄遣いの象徴のように、今に至るも届かない。病人が注文した薬が遅れて、死んでから届くのと同じようなことになっている。

時期外れといえば、広瀬川には北帰行をあきらめた白鳥が1羽いる(3羽という説もある)。聞けば去年も広瀬川で夏を過ごした白鳥がいたそうな。シベリア往復を共にしなかったためか、渡ってきた30羽ほどの集団からは仲間外れにされていた。ワルの中の正義漢の孤独を何故か思い出した。

さて、本日(6月17日)の特別ランチは「山菜のフリット」である。内容はコゴミ、シドケの若葉、ウドの葉だ。それを仙台味噌、山椒、カツオと昆布だしをクリームチーズに加えたソースでいただく趣向だ。此のクリームチーズ・ソースはトーストに塗ってもよさそうだし、応用範囲は広いようである。

小鉢にはこれも季節感たっぷり、蕨の醤油漬けが用意されていた。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(232)本社からの訪問者(2)開発技術者

組合だけではなく視察とか調査と称して出張してくるものもいた。本社の作井部の三屋と生産部(施設)の加来の二人が出張でパースに来るので立ち寄ると連絡があった。パースには北西大陸棚の開発関係の事務所は存在するが、ヤードなどは皆無で、本来の技術的な部門はシンガポールにあるのに、何をしにパースに来るのかが疑問だった。調べてみればパースの前にシンガポールに立ち寄るという。こういう場合は“海外旅行”と見てまず間違いないだろうと感じていた。

その二人が事務所にやってきた。滞在中に、パース事務所をベースに使いたいとのことなので、「どうぞ」と許可した。そしてその翌朝の事である。事務所に出勤すると大会議室に見知らぬ男が座っているではないか。石油会社の探鉱作業や、データは機密事項である。部外者が事務所員が不在の間に入り込むなどあってはならないことだ。すぐにその男に、名前と所属を問いただした。答えに驚いた。SODECOという会社のものだと答えた。許可なく人の会社の事務所に入り込むとはけしからんといって追い出した。秘書になぜ中に入れたかと詰問すると、その男が来て自由に事務所を使ってよい」と許可を受けていると言ったので、との返答だった。自社の社員に事務所立ち入りを許可したが、他社のものに許可したことはない。そして三屋と加来のどちらも他社のものを同行しているとも、事務所に立ち寄らせるとも申告すらしていなかった。石油開発屋として失格である。そして後で分かったのは、三屋と加来の出張にはSODECOの男が出張中の世話係としてお供に来ていたことである。作井や生産の人間の海外出張の実態を見てしまった。案内人付きで”大名旅行”をしているのが常態化しているように感じた。こんな緊張感のない出張をするものに良い仕事が出来るわけがない。彼らを見る目が変わったのはもちろんである。いかにも越後石油である。

 


どっちがフェイクか、それを報じる記事もフェイクかも

河野太郎は3月22日に公式Twitterに投稿。クラスターは「集団感染」、オーバーシュートは
「感染爆発」、ロックダウンは「都市封鎖」で言い換えられるとして「なんでカタカナ?」と疑問符をつけた、とのこと。そして何万もの「いいね!」を得たとか。だが、最近のイージスアショアに関する秋田県知事の発言に対して、そのもとになった新聞記事は「あれはフェイクニュースだ」トカタカナで言ったそうな。これ、まるで笑い話。猿が他の猿の尻の赤いのを笑う(サルのケツ笑)に似たり。そんな程度か。

さて5月9日の産経抄にはそのフェイクに関する記述がある。

「自民党の和田政宗参院議員も8日のブログでテレ朝の別番組の事実誤認を指摘した。同党の会議で議員の一人が、密集する報道陣に対し「3密だよ」と声を上げたのが、会議自体が3密だと述べたかのように報じられたと。」

フェイクだ、フェイクではないとの議論をしたいらしい産経抄だが、この書きっぷりからは報道がフェイクで和田政宗が真実ととらえているようだ。当時者本人が話しても、安倍晋三首相の如く、虚偽だらけの場合もある。テレ朝以外の報道関係者も多数いたであろうし、和田政宗以外にも多数の国会議員がいたはずである。新聞であればそれらを取材した上でどちらがフェイクかを判断すべきではないか。まして過去にも物議をかもした発言の多い和田政宗である。そのまま信用するのは余りにも軽率ではないのか。どうせ書くなら、

「事実誤認を指摘した」ではなく「事実誤認と指摘した」であろう。国語力不足は産経新聞の特徴の一つではあるけれど…「ハイヤーで送る、接待賭けマージャン重視では…」と書いたらそれは嫌味になろうか。

優先度の低い内容なのでアップが遅くなってしまった。

 


バランスを欠く櫻井よしこの国家基本問題

奇しくもかつてのトランプ来日時の国技館での”老ミーハー“振りが露呈した櫻井よしこだが、その主張も相変わらず、ミーハー的と言うか、深さが足りない。それは、本気で国家基本問題を論じていないからであろう。

コロナ禍に対し緊急事態宣言をしたがそれが強制力を持たぬから要請が無視される場合があると嘆き、だから憲法に緊急事態条項を加えようとの事のようだ。櫻井よしこの一派とも言うべき竹田恒泰が、日本人は諸外国に比べて民度が違う(高い)から罰則を伴わない要請で緊急事態に対応できると薄っぺらな発言をしていたが、仲間内で話し合いをした方が良いのではないか。

罰則付き強制権を持つ緊急事態法とすると言うことは、行政側の、換言すれば宣言者である安倍晋三首相の権限を飛躍的に高めることである。国民の知性と倫理を頼りとする文治政治を、強制力を持って従わせる武断政治に変更しようとしている意識があるのだろうか。又共和制と独裁制の長短所を思い出すべきではないだろうか。

独裁制の最大の問題点はその独裁者に、独裁を許してはならないような人間がなる場合が少なくないことであろう。

産経新聞(512日)の「風を読む」の冒頭の言葉は、

「金持ちになったからと言って優れた人格になる訳ではない」

である。「金持ち」を「首相」に置き換えても同じではないか?だからこそ民主政治では多少とも程度の悪い政権担当者が表れても国家が暴走したり、私欲だけで運営されぬように三権分立を始めとしたチェック&バランスのシステムを設けているのである。

今、首相の権力を、格段に引き上げるのであれば、それに対応して首相の能力、倫理観、無私の精神などの飛躍的向上を求めなければならぬ。それなりの厳しい資格基準を設けなければならない。ミーハー国会からミーハー首相が選ばれる可能性を排除しなければならない。権限と資格基準はセットとして議論すべきだと思う。

翻って櫻井よしこが常に弁護し、励まし、そしてすり寄ったように見える安倍晋三首相だが、受験を経験することなく成蹊エレベーターで社会人となり、父親の秘書をして、また後を継いで国会議員になった人であろう。一般国民が経験することを経験せずに現在に至った人に本当に国民の生活や苦労が分かるのか。身勝手な利益誘導に供与、自分に都合の良い人事などを始め、「アベノマスク」に見る実態把握能力の不足、あんな動画が国民の共感を呼ぶと思った誤った感性など、その判断には赤信号がともる。

櫻井よしこ自身の『正論』6月号の記事のタイトルは「安倍首相よ、自信を持って歩め」である。櫻井よしこはそれを激励ととらえているのかもしれないが、自信を持って行動している人に「自信を持て!」となど呼びかける筈がないではないか。本当は櫻井よしこから見ても安倍晋三首相が「自信の無い男」に見えているのだろう。

強制力を持つ程の権力を付与する相手には、安全装置として、その権限を付与するに足る人間の資格条件を付すべきなのである。くどいかもしれぬが、「風を読む」の、

「有名人になったからと言って識者になる訳ではない」

からは、

「識者と呼ばれても、呼ばれているだけの場合が多い」

ともいえるのではないか。。

朝日新聞の悪さはその通りだろうが、自らも鏡に映して観察すべきではないだろうか。すべてが或る演出に基づく演技であるというなら別ではあるが。

 


山上直子の文化論

産経新聞(53日)の「日曜に書く」は山上直子による「文化の「貯金」を増やすには」というものである。(全文は、https://www.sankei.com/column/news/200503/clm2005030004-n1.html で読める)

この方のものには余り関わりたくないのだが、一読すると触れざるを得ぬことが思い浮かび、離れない。なるべく簡単にコメントしよう。順不同で、先ずは最後の文章について。

「そのために今、何が必要だろうか。ことさらいわずとも、自然と子供の心や頭に種がまかれているような、そんな国になりたい。」

というものだ。「何が必要か」と問いかけたのだから「これが必要だ」と結ぶのが当然なのだが、“山上文法“は違う、「そんな国になりたい」と結ぶのだ。弓を離れた矢が的ではなくまるで見当違いの方向へ飛ぶ感覚と言ったらよいか。きちんとした日本語環境で育ってこなかったのかな、と感じる。「そんな国になりたい」と言うなら、「なりたい」と希望するのは誰だろう。論理的には「国」が主語であろう。主語が「私」なら「そんな国にしたい」となるはずだからである。奇妙奇天烈な山上文法の一例である。

日本語は日本文化の基層となるものだから、日本語が雑ならその文化論も雑になるのではなかろうか。

「私たちが受け継いできた日本の文化は多彩だが、これから先は分からない。今後何百年も、世界にインパクトを与え続けられるような文化芸術を、これから“貯金”していかなくてはならない。」

この文章を見ると残念な気持ちになる。日本の文化芸術は「世界にインパクトを与え続けらる」ためにあるわけではあるまい。文化輸出ビジネスのためのものならそれは純粋な文化ではないはずだ。外国人がどう感じようと文化は文化であろうが。

江戸時代から続く歌舞伎は既に解説イヤフォンなしには内容が理解できない人がほとんどだろう。いわば、通訳が必要なのだ。立派な掛け軸も、書状も、青蓮院流の草書の知識なくしては単なる飾りに過ぎない。素晴らしい漢詩も中国の故事を知らねば意味不明だ。和歌にしても本歌を知らなくては味わいも薄れるし、時代背景を知らねば意味も取りづらい。更に題材や用語に漢籍由来のものも多い。

何を遺すべきかの前に、伝えてきた文化芸術をまず理解できることが肝要であろう。個々の文化の名称だけ知っていたとて、残す遺さぬの価値判断など出来るわけがあるまい。そのためには、英語学習などと言う不要のものに時間を割くよりも、日本語(古文を含む)と漢籍、漢文などを教えることの方が重要に感じる。文化は金で評価できるものではないのである。

 


詭弁の老論客、櫻井よしこ「検察庁法改正案」について力む

実は安倍晋三首相はこの法案の強行採決方針を変更し、今国会での成立を目指さないことにしたとのことだ。519日の事である。ネットでの反対が数百万件あったというが、ネット上の声が国民の代表意見とは言えない。しかしそれなりの人数の国民が”積極的反対”をしているのは事実だ。それにもまして元検事総長を含む検察OBが反対の意見書を法務省に提出し、それを追うように元特捜部検事のグループがやはり反対の意見書を提出した。是が重要である。519日の河北新報では「何故黒川は延長を承諾したのか」との現職検事たちの疑問の声を紹介している。検事魂・検察魂を失った黒川への心情が垣間見えるように感じる。産経新聞(519日)の「風を読む」では論説副委員長の別府育郎が次のように書いている。

「「誘因や圧力」には、属人的な人事介入も含まれると解釈する。よもや地位に恋々としたとは思えず、そこにどんな事情があったのか、あずかり知らない。それでも、黒川氏は63歳の誕生日である28日を前に、検察庁法の規定に沿い、退官すべきだった」

私は今この時点であっても黒川は辞任すべきだと思う。無言で居残り、検事総長となって、その結果検察への国民の信頼を失わしめた元凶として長く語られるよりも、身を引いて、騒動をおさめ、安倍政権の政治介入を防いだ検事と長く称えられる方が価値があるように思う。

さて、517日のスポーツ報知が同日法相のフジテレビ系「日曜報道 THE PRIME」でもこの問題に関する特集を報じている。リモート参加した若狭勝弁護士と櫻井よしこの議論が面白い。櫻井よしこの発言は次々に若狭弁護士によって論破されていくのだが、一つコメントすべきものがある。

(記事引用)

「この法律は令和4年の4月1日に施行されるんです」とし、この時は安倍首相の任期が満了を迎えていることなどを引き合いに出し「この立て付けから見ると安倍政権が黒川さんを気に入っているから、次の検事総長にしようという発想は無理がある」などとし

(引用終わり)

櫻井よしこは、安倍晋三首相の任期が過ぎた後に施行される法律だから安倍政権とは関係ないと主張しているようだが、黒川の任期半年延長が不法なプロセスで行われ、それが今年の夏の検事総長交代を目論んだものであることを知りながらのこの発言は、詭弁の典型ではないだろうか。仮令安倍晋三首相が退任後であったとしても、首相時代の数多の疑惑を持つ身であれば、影響力を行使できる検事総長が存在していてほしいのではないか。不要不急のものを強行採決をしてまで成立させようとした背景にはそれなりの、最重要且つ緊急取り扱いの必要があったとみるべきである。近くは河合事件、それに、森友、加計、桜、河合への15千万円、マスクの発注問題、その他特区関係や東京オリンピックがらみなど多くの疑惑が残っているのではないだろうか。

韓国の歴代大統領は退職後必ずといってよいほど起訴され死刑判決を受けるなど、在職時代の不正を追及されている。権力者は権力を失ったのちのことを考えないわけにはいかないのだろう。

この櫻井よしこという「詭弁の老論客」にも、独立、公正、不偏不党など検察官に求められる清潔さが欲しいものである。

猶、関連の記事などのURLを示しておく。512日の当ブログの記事もお読みいただきたい(http://blog.sonodago.com/?day=20200512)。

https://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/桜井よしこ氏と若狭勝氏が黒川検事長の定年延長でリモート生激論-前代未聞の卑劣-と断じた若狭氏に桜井氏は-内閣が恣意的に半年延長したことではない/ar-BB14bRlf

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/検察トップの人事権は誰が持つべきか-改正案は-指揮権発動の制度化-と早大-水島朝穂教授/ar-BB14bJGG

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/「検察庁法改正」の基本的疑問に答える%ef%bd%9e検察は、政権の意向を一層「忖度」しかねない/ar-BB14bKG4?ocid=spartandhp

https://www.msn.com/ja-jp/news/politics/【意見書全文】特捜ob「法改正、失礼ながら不要不急」/ar-BB14ecVK?ocid=spartandhp

 


新型コロナ禍は百年に一度なのか?

千年に一度の原発事故と福島原発での事故は呼ばれたようである。原発を稼働して以来ほんのわずかの歴史しかない中でそういう非科学的なことを言う為政者にはあきれる。きっと「もう起きない」と言って安全神話という名の国民洗脳を狙っていたのだろう。チェルノブィリ、スリーマイル、福島だけでも、1954年の世界最初の原発、オブニンスク以来の60年ほどの間に3回起きているのである。増加した原発の数を考えれば、重大な原発事故もその頻度が上がるはずである。千年に一度は愚者の言うことだ。

千年に一度という豪雨なる表現も使われている。この場合は過去を見ての発言だが、地球温暖化というか、産業革命以降の地球の変化を考慮していないようだ。千年に一度どころか、台風豪雨の激甚化は驚くばかりだ。『命を守る行動』が叫ばれ、「線状降水帯」というかつて聞いたことのない言葉が普段から聞こえるようになったのである。千年どころか毎年、しかも何回もそんな豪雨に襲われる可能性がある。

そして今回の新型コロナウィルス禍だが、極めて大きな経済的ダメージを与えている。休業を要請とすることで、「指示・命令」ではないからと補償を逃れようと考えたらしいが、このままでは破産・倒産で屍累々は必然である。そこで保証をすることになるのだが、財源はまたしても国債発行となるだろう。伸びきったゴムはもう伸びない。日銀の「異次元緩和」の常態化に似て、本来国債の発行余地などないものを…。東日本大震災の復興予算と同様の増税で処理するにしても国債という借金としても将来つけを払わねばならない。

そこでだ。原発事故も、巨大地震も、激甚豪雨も、疫病も本当に極めてまれの現象かと言えばそうではないのである。かなりの頻度で起きることを考えれば、その都度借金で、増税で、と言っても不可能なことは自明であろう。

産経新聞の「モンテーニュとの対話」でいつも味わい深い考察を提供してくれる桑原聡でも、58日には「カネがなければ刷りなさい」と題したその中で、

「コロナ禍によって、世界経済は「100年に一度」レベルの危機に襲われそうだ」

と書いている。スペイン風邪にSARS,鳥インフルに豚コレラ、経済にダメージを与える人畜に感染するものは頻繁に襲ってくる。海外との人の往来がなければ、豚コレラもコロナウィルスも日本に持ち込まれなかったのではないか。無制限に外国人観光客、労働力を歓迎などすべきではないのではないか。まして世界の幾つもの国で生物兵器の研究がなされている。自然界の突然変異以外の人為によって未知のウィルスが作られているとみて良いだろう。

さすれば、経済に大打撃を与える厄災の発生確率はかなり高いとみて良い。その都度、国債を発行して将来へ付けを回し続ける事など出来るわけがない。企業であれば引当金を積むべき場面だが、国債を発行して日銀に買わせれば良いとの安易なことを政府は考えているのではないか。政権、つまり首相の任期の間だけもてばよいと思ってはいないだろうか。百年先まで考えれば、そんなモグラたたきみたいな対応は政治の名に値しない。

千年に一度が10年に一度に、百年に一度が毎年になっていきつつあるように感じる現在、今までの一年単位の国家予算のおまけ扱いだった長期の経済見通しなどを、百年予算という形でしっかり作成公開すべきではないか。7年続けてしまった日銀の異次元の愚策(異次元緩和、株式市場への介入など)なども百年単位での検討を加えれば、いかに罪深いものかがはっきりするのではないか。年次予算、政権任期予算(仮称)ばかり見ているから国家百年の経営を誤るのだろう。

これからの日本という国家をどうするか、イエスマンではなく、真の英知を集めて検討すべきだ。前例踏襲型頭脳の役人では未来のデザインなどできないことを肝に銘ずるべきだろう。

 


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