(事業としての石油開発を目指すなら)園田豪の石油開発論(9)陳腐化した技術を抱え込むな

石油開発業界における技術の進歩は驚くほど速い。例えば物探技術など3年で陳腐化すると言われる。プロジェクトを世界に展開し続け、しかもオペレーターとして活動し続けなければその進歩についてはいけない。例を示そう。1999年だったかジャペックスサボというインドネシアでのプロジェクト会社を設立してオペレーターとして探鉱作業を開始した。私がエクスプロレーションマネージャーであり、物探の担当が村山隆平氏だった。海洋での物探作業のための入札仕様書を作るのに石油資源開発の物探部にある資料などを参考に原稿を作成し、それをコンサルタントにチェックさせた。コンサルタントのコリン・シンガー氏はジャカルタの事務所の一室でその仕様書を読みながら、ク、ク、クと含み笑いをこらえきれずに声を出して笑った。何がおかしいのか聞いたら、「ここに書いてある機器類やシステムなど既に化石とも言えるもので現在は存在もしないものだ」とのことだった。全面的に書き換えて貰ったのは言うまでもない。十数年前の知識しか会社として持っていなかったことになる。もっと古くなるがサハリンプロジェクトの地震探鉱データに関してCGG社のデコンフィルターに疑問があったので、パリに常駐して処理を監督してきた内田真人氏に質問したら、処理のスーパーバイザーだった彼なのに「何故だかよく分からなかった」と言ったのである。

オマーンの物探現場作業に来た宇納貞夫氏は砂漠での現場で探鉱機を前に「これが探鉱機か」と言った。その技術の劣ること劣ることただ呆れるばかりである。但し、これは物探だけに限らない。探鉱屋に関してもお粗末な知識、技術は枚挙にいとまがない位である。何故こうなのか。自分の会社にその部門を作ったが日本国内の作業だけをしている内にガラパゴス化したのである。いや、ガラパゴス化ならそれなりの独自の進化をするのだが、その進化すらなかったようなのである。

経済産業省が中古物探船を購入して「資源」と名付けて使っているが、すでに世界の技術レベルから遅れ、化石化しているものと思う。競争が無い国内と言うだけでなく、経済産業省所有のものを使わなければならぬために結果として陳腐化した設備で旧式なデータしか得られなくなるという愚を犯してしまうのである。

石油資源開発には中山一夫氏の手になる石油生成シミュレーションソフトがあった。世界には何種類ものソフトがあり、日々進歩していたが、自社が自社開発のソフトを持つがゆえに海外の最新のものを使うことが出来なかった。

もう一つの例を挙げよう。オマーンのダリールの探鉱評価をしているときに気付いたのだが、同じ物探データを子会社の地科研で処理した時には100ミリ秒の中に波が3あるのに、GSIで処理したものには5あったのである。分解能の差は歴然たるものがあり、自社での処理では”ろくでもないもの”しか手に入らなかった。しかも波の連続性を見かけ上良くしようとゲインを上げ過ぎているので、波形情報が全く得られない代物だった。そんな実力にも拘らず、物探の田村取締役(当時)は「我々の処理は時間と金が他の業者に比べてかかりますが、我々は普通の大工ではなく宮大工だと思っています」と言ってはばからなかった。まるでベニヤ板で小屋を作るようなことをしておいて宮大工とは呆れた説明であった。海外で他社に見せられない処理データなど要らないのだが、自社に処理部門があるお陰でどれだけ評価結果が低レベルになったか、残念な思いをした技術屋は多いと思う。同様のレベルの差はサハリン沖での物探データの処理結果でも同様であった。CGGと地科研の処理を比較すれば素人経営者でも一目で自社の技術がはるかに劣ることが分かるであろう。

石油開発業界は技術の進歩がとにかく極端に早い世界なのである。専門業者をうまく利用して作業を進めるほうがはるかに効果的なのだが、抱え込んだ”進化しない”技術のために成果が得られないという最悪のコースに入っていることがあまりにも多い。これも石油開発の世界の僻地である日本で、素人が牛耳るのがそもそもの原因に思われる。そしてそういう問題点に全く言及しない技術役員の存在が改善を阻害しているのである。

 


「世界裏舞台」(産経新聞)何やら外務省資料の写しみたいだが

産経新聞(821日)の1面に佐藤優氏による「世界裏舞台」なる記事が掲載されている。タイトルは「知日派でも親日派にあらず」というもので、812日にロシアのプーチン大統領が大統領府長官に任命したアントン・ワイノ氏に関するものだ。読んで見たのだが、腑に落ちない記事である。まるでワイノ氏に関する外務省ファイルの写し(コピー)みたいに見える内容なのだ。氏の生まれ、在日経験、日本語習得とそのレベル、どのように今のポストまで至ったかなどに記事の約90%が割かれている。そして最終部分で「”知日派”ではあるが”親日派”ではない。北方領土問題については、……(中略)……日本への返還にワイノ氏が同意するとは思えない」とあり、その後はロシアに対して安倍首相はどういう対応をするのだろうと言ったことが書かれているだけだ。知日派であることに関しては延々と書きながら、「親日派ではない」という件に関しては全くと言ってよいほど言及がないのである。先の「ワイノ氏が同意するとは思えない」というのは佐藤優氏の意見であって、ワイノ氏の意見でもなんでもないのである。これではタイトル(見出し)は内容のエッセンスたるべし、という原則に大きく外れていると言わざるを得ない。情報収集と分析能力に不足が目立つ外務省の情報分析官の特徴か、とふと感じた。さすが!と唸らせる記事を期待しているのだが。

 


大丈夫か、気象庁。表現替えても内容はお粗末のまま

これだけ金と人を投入してきてもさっぱりできない地震予知。2千年のうちに4回起きたから500年に1回起きるなんて、非科学的も甚だしい。統計量にほど遠い現象を、如何にも統計学で対応した如くに装って、地震発生を確率表記するなど科学者のすべきことではない。いや、してはならないことなのだ。

その確率表記が”誤解”されるからと今度はランク分けにするとした(政府の地震調査推進本部)。学校の成績を5段階表示からABC表示に替えたようなもので、根本の成績把握が不十分な場合には表記法など意味を持たないだろう。それと同じで実際的な意味などない。

そして今度は熊本地震で、「余震発生確率は」と言った後に、より大きな地震が来たら今度は余震とされたものが「本震」でしたと言ったのである。何のことはない、一番大きいのが本震で、それより小さいのが余震だという程度のレベルのものなのである。恥をかいたので気象庁も考えたのだろう。予測精度を上げればよいのだが、それは本質的に無理だから非難を受けない表示法に替えようというのだ。○%から○倍や○分の一という表記に替えるのだそうだ。新聞報道(産経新聞820日)によれば、「震度6以上の余震の発生確率は20%」などとしてきた発表方法を「震度6以上の地震の発生確率は大地震直後の5分の1程度で、平常時の約30倍」などと表現するのだそうである。実は本震と余震の区別など出来なかったということが、余震という言葉が消えたことで分かるだろう。そして大きな疑問が残る。「大地震直後の5分の1程度の発生確率」とは具体的に何を意味するのだ。確率表示を止めるというのに、大地震直後の発生確率をどうやって知るのだ。気象庁が本当にこの新聞記事通りの発表をしたのであれば、愚かを通り越している。呆れてものが言えない。「税金泥棒!」と叫びたくなるではないか。

 


小池を霞ませるのが目的か、安倍首相リオに現る

リオのオリンピックの閉会式に突如、スーパーマリオとなって現れた安倍首相は色々な意味で日本にも、世界にも衝撃を与えた。識者から見れば一国の総理、首相たるものはもっと威厳のあるものであるべきなのだが、知的楽しみではなくゲームに没頭する階層からはゲームの主人公になる首相が身近に感じられただろう。そう、身近に感じるということは程度が近いことを意味するとも言えるのである。

このパーフォーマンスのために政府専用機を飛ばし、小池東京都知事が経費の節減をしているのを横目に多額の税金を使う姿は、如何にも国の借金を膨らまし続ける首相の特徴が良く出ている。テレビのタレントが知事、市長になり、政党の代表になる日本の首相は今度はその逆の政治家からタレントへの道へ踏み込んだかに見えた。個人的には日本の首相はもっと識見、良心、先見性などに満ちた立派な人であってほしいと願うのだが。

このパーフォーマンスの影響を一番受けたのは小池東京都知事だっただろう。素晴らしい着物姿も色あせさせるようなパーフォーマンスを、サポートすべき政治家がしても良いのか。その根底には、小池氏に対する対抗心、もっと踏み込んで言えば、「君が主役じゃないよ」と言いたい誰かさんが計画したことのように感じる。小池さん、オリンピック招致の闇に本気になって斬り込んだらいい。結婚披露宴で花嫁が霞むような派手なパーフォーマンスをするのと同様に、常識のない振る舞いに見えたのは私だけではあるまい。逆に言えば、それだけ森―安倍一派が小池さんを恐れているということなのである。余程明るみに出ては困ることがあるように見受けられる。

「安倍マリオ 小池に負けじと リオにまで 森の気持ちに 嗚呼専用機」

 


凍り切らない凍土壁は繋がっていない堤防と同じで意味がない

福島原発で建屋地下に流入する地下水を止めようと東京電力が「有効」と主張し、原子力規制委員会が「効果は懐疑的故好ましくない」としたにも拘らずに、強引に実施を決め、しかも政府が300億円以上を負担して実施させるという”裏”の匂いがプンプンする鹿島建設の凍土工法が適用されたのだが、何処まで行っても凍り切らないのだそうだ。規制委員会が止めておきなさいというのを押し切ってまで実施させ、税金を投入したことに関し、政府も所管官庁も責任を「取る」必要がある。「責任は私にあります」と語るのは責任を「取った」のではないことに注意が必要だ。

さてニュースでは99%は凍ったが、残りの1%が凍らないと報じている。批判をかわそうとの姿勢が見える。目的は地下水の遮断であって、99%凍ったから99%の成果が得られたかのような報じ方は極めて問題である。河川の堤防に一か所不連続があれば、堤防としては零点である。針の穴ひとつが開いたコンドームと言った方が分かりやすいだろうか。石油関係で言えば99%繋がったパイプライン、実質的に何の役にも立たない。現実に凍土壁工事前と後では、下流側の地下水くみ上げ量は変化していないというのだ。つまり凍土璧工法は効果ゼロだったのである。鹿島を始め、かかわったものは少なくとも賠償を考えるべきだろう。かくて汚染水は増え続け、福島原発敷地内はすでに汚染水集積場と化している。やがて貯蔵タンクが物理的に増設不可能となれば、海への放流をせざるを得なくなる。最低の対応ではないか。これが安倍首相の言う「アンダー コントロール」か。世界に「ビオンド コントロール」と言わねばなるまい。かくて福島原発と東京電力は太平洋の放射能汚染の元凶として末永く世界の非難を浴びることになるだろう。災害への対応時くらい、利権、利益を忘れられないものか。

 


退位、譲位は政治利用、権力利用の可能性があるからというが摂政でも同じことではないか

先日も書いたのだが、天皇の“お気持ち”の根底にあるのは退位問題ではなく「在位条件」「在位資格」と思われるのだが。恐らく退位問題に問題を矮小化したい向きがあるようで新聞への意見を見ても退位云々ばかりになっている。

退位、譲位は認めれば政治的な圧力で天皇を退位させることが起こる可能性があると指摘する者が多い。その通りだろう。所謂世継ぎ問題と同じだからだ。そのため、退位は認めずに摂政をおいて実務は摂政に委ねればよいとの意見が多く語られているようだ。しかし、誰が摂政を置くことを決めるのか。天皇を在位のままにしても摂政をおけば天皇の機能は摂政が果たすことになるのであろう。天皇をまつり上げて摂政を置き、利用しようとするものが現れる可能性も退位の場合と同様にある筈である。

問題を称号をどうする、待遇をどうするのとか、皇室典範の条文づくりの様な事ばかり唱える輩も多い。天皇陛下の言葉のエッセンスは「公務をきっちり果たせないものは天皇位(皇后位も)にあってはならない」という原則を確立せよということではないのか。一代限りなどという自分だけのことを言っているのではないと思うが。それを“一代限り”の特別立法でと言い出すこと自身がある種の政治的圧力のように感じる。

産経新聞を見ると、平川東京大学名誉教授が「生前退位、私はこう思う」に「万世一系こそ」「天皇家が日本国民と共に、天壌無窮、末永く栄えることを祈る次第である」と書いているが、そこには明治政府が政治利用するために作った天皇像が色濃く反映されているように感じる。また「正論欄」(817日)の八木麗澤大学教授に至っては、『大前提として血統原理によって他に代わる者がいないという存在自体の尊さがある』と書いている。

どの人間にも親がいる。その親にもまた親がいる。さすればどの人間にも連綿と伝わる血統がある。血統の連続性はひとり皇室だけのものではなく普遍的なものである。古代新羅においては王は王族から后を選び、子孫に純血を伝えた。その関係を「聖骨」と呼んだ。勿論それは長くは続かなかったが。万世一系という言葉自体が政治的に作られた話であり、言葉なのではないか。学校教育で教えられた歴史そのものが正しいとの前提に立つのは危険なことである。盲目的に信じることも、軽々にそれに寄り掛かることも危険に思う。あくまでも慎重に検討すべきだろう。議論自体への政治的干渉が心配である。明治政府は天皇を政治的に利用して戊辰の役も行ってきた薩長が母体なのだから。そして現首相は長州人なのである。利害関係者を外して議論するのは公正さを保つための人類の知恵ではないか。

 


アヴェード ヴァスクレセーニィア(みちたけランチ)(116)

本日の特別ランチのメインは鶏のから揚げである。なあんだと言うなかれ、鳥の空揚げはとても奥の深い料理なのだ。ただ片栗粉をつけて揚げるのでは固くなってしまうというか、しまり過ぎたものが出来てしまう。よく、唐揚げを上手に上げるには2度に分けて揚げるということが言われる。ちょっと揚げた後、網に上げて、外側の熱を内部に到達させるという工程が重要だと説く向きが多い。今回の鶏のから揚げは「ニンニクと胡麻油風味」と名付けるように香りと風味にこだわった逸品である。その肉の柔らかさジューシーさが特徴である。調理法は門外不出のようで詳しく知るすべがないが、その出来栄えの素晴らしさについては保証できる。こんなにうまい鳥の空揚げには滅多にお目にかかれるものではない。近くにお越しの説は是非お試しを、と言いたいところだが本業は寿司屋であり、いつもあるものでもない。口にできた人は幸運である。時にデザートは枝豆豆腐だった。使った枝豆は宮城県産の「湯上り娘」というもの。しっとりとして柔らかい感触が想像できるネーミングである。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(53)若杉和夫氏の想い出(1)

或る意味私の人生を大きく変えた人であるので、皆が知らないことも含めて書いて行こうと思う。若杉氏は静岡県の焼津から西へ向かって150号線を少し進んだ、海水浴場で有名な静波の集落の出身である。中学校は榛原中学に進んだ。その榛原中学に、朝鮮で水原高等農林専門学校の教授をしていた父が敗戦で引き上げ、東京が焼け野が原で暮らすことも出来ず、仕事もないので、生物学(植物学)の教員として勤めていたのである。つまり若杉氏は父の教え子の一人であった。もっとも、父が生前出色の教え子として名を挙げていた生徒の中には含まれていなかった。ある時、榛原中学の話になった時、氏はこう言った。「あなたのお父さんは覚えていますよ。下手な俳句を詠んだりして」と。この言葉に人となりが表れている。「下手な」が余計なのだ。そういう物言いをするところに人間の未熟さが表れている。何しろ金儲け、特にギャンブルと株が好みだったのだから想像はつくと思う。

かのインサイダー取引で有名な村上世彰氏が石油資源開発に経済産業省繋がりで出資を求めた時に(石油資源開発は実際に出資し儲けを得ている)、「どの株を買うか教えてよ」と言い「そんなことをしたらインサイダーで罪になってしまいますよ」とたしなめられたとの噂のある人なのである。次回からは具体的に私が直接見聞したことについて書こう。

 


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