代替医療に科学的根拠がない。当たり前だろう、検討も研究もしないのだから

小林真央さんが代替医療を受けていたと聞いた。そして最近南果歩さんが乳がんの手術後の標準治療という抗がん剤投与とX線照射を避け、代替医療を受けていると知った。それに関する記事には、代替医療はまやかしで、何の科学的根拠もないとあった。

しかし医学界で言う所の科学的は本来の科学的という意味なのか疑問に感じる。医学に関する医学部の研究者による研究を科学的研究と呼び、それ以外を非科学的と呼んでいるのではないか。

草を嘗め、石を砕いて飲み、薬効を試して薬を得たとの漢方医療発祥以来、白衣を着た医学部研究者が行っていることも同じである。自然物などの特異な作用を見つけて、その有効成分を捜し、特定してさらにそれを合成しているのが西洋医学における薬である。基本は効能の統計的な取り扱いにあると言えばよいだろうか。

代替医療に科学的根拠がないのは何故だろうか。それは西洋医学者がそれを研究対象としないからではないのか。科学的根拠をもって否定するのではなく、研究も何もせずにただ「科学的根拠がない」と言うのは間違いである。

急性白血病で余命1カ月と言われた患者を超能力者がほとんど瞬時になおした例も実存する。所謂科学で説明できない現象であるが、科学は事実の前に謙虚でなければならない。現在の科学で説明できないことなどいくらもある。そして不思議なことに超能力に関して言えば、理科系、それも物理などを学んできた人に理解者が多いのである。極端なことを言えば、理屈など関係なく医療など治ればよいのである。代替医療も結構ではないか。ただし、まがい物も多いから気を付けねばならないが。

 


政治家には高潔さが求められるというが

ちょっと日数が経過したが、産経新聞(10月9日)の「古典個展」(加地伸行氏)の「政治家の醜聞 なぜ受ける?」を読んでのコメントである。「メディアの多くは、元自民、民進女性議員のスキャンダルを面白おかしく番組に取り上げている。それがまた受けている。…()…その中身から言えば、警察で取り調べとなっても、率直に言って微罪である。元民進系の場合、罪に問いようがない」と現状を示し、なぜそのようなことが大騒ぎになるのかは「東北アジアにおける理想の政治家像が今も日本で生きていることの表れではないのかと」思うのだそうだ。その結果「政治家・官僚の高潔さへの期待が今も生きている」とのことである。

取り上げられているのは不倫その他のことらしい。不倫の何のというのは個人的問題であり、税金をごまかしたり、国の政策を誤ったりというような公の問題ではない。個人的なことも含めて日本人が政治家や官僚に高潔さを求めていると主張するならば、何故冒頭で「野党は大義なき解散、森友・加計問題隠し…と。それ、本気で言っているのか」と書くのはおかしくはないか。

意義のない解散は政治空白を生み、税金を空費し、捜査中の森友問題などへの地検の対応の自由度を奪うのである。加地伸行氏が議員の不倫問題など些末なこと、こちらの森友加計問題こそ、政治家・官僚の高潔さに直接かかわる問題だと指摘するのかと思った。しかし、“老生氏よ”、視点がずれたのか、ずらしたのか、いずれにせよ的を射てはいないようだ。

付言するが、政治家・官僚というものに高潔さを求めるのは、中国の古代思想が日本に生きているからではなく、長く君主であり官僚であった日本の武士階級の規範とも言うべき武士道が意識として国民に残っているからではないか。明治維新という武士階級(士分)ではない、下位の卒階級が政治の実権を握ったことが高潔さ(武士道精神)がなくなった原因ではないかと感じるのだが。ともかく何でも中国起原の様な我田引水的解釈には賛同致しかねる。「その起源は我が国にある」とは最近も中国、韓国からしばしば聞こえる言葉だが、嗚呼!

 


会社の状況からタクシー券の配布が出来ない!?

私は石油資源開発に勤めていた。その探鉱部には知友会と言う親睦組織があり、送別会、歓迎会、冠婚葬祭に関することなどを行っている。財源は会員の会費である。そしてその活動にはOB会などと言うものはない。後年資材部長になって知ったが、資材部は年に一度OB会なるものを開いている。出席者から会費はとるのだが、会が終わった時にはタクシーを手配し、OBを載せ、会社のタクシー券を手渡していた。会社のタクシー券を目にすることも稀な探鉱部出身者としてその様子には驚いたものだ。全く会社用務などではないのだから。私が部長の時は、他部から来た私が知らぬうちに檜貝次長がそのタクシー券の入手も含め全て取り仕切ってくれていた。

今年もOB会の案内が来た。後段に次のような文があった。

「会社を取り巻く状況も厳しさを増しております都合上、昨年同様タクシーチケットを配布できませんがご容赦ください」

ここにも会社の苦しい状態が表れているようだ。因みに今年度は新入社員の募集をしないそうだ。何と設立以来60年余になるが初めての事ではないだろうか。会社時代の知人と顔を合わせれば「いよいよか」などと言う言葉が飛び交うこの頃である。

それにしても、会社のタクシーチケットを目的外使用したものが経営の中枢にいて健全な経営に問題はないのだろうかと、ふと思ったりする。

 


オーストラリアの海上ガスにロイヤルティを課すとの意見が強いようだ。イクシスの経済性はさらに悪化!

The Tax Justice Network Australiaによる2017年4月11日の記事の見出しは衝撃的だ。

Australian beer drinker tax vs the world’s biggest gas companies”

というものである。そしてその冒頭の文章は、

“Is it fair that Australians pay more tax on one beer than the oil and gas industry pays in petroleum tax on offshore gas in a year?”

つまり、オーストラリアの海洋ガス田の生産者が1年間に支払う税金よりも、国民が飲むたった1杯のビールにかかる税金の方が高いのは不公平だというのである。この事実は明らかにオーストラリア国民の感情を逆なでしている。国家の資源を大量に生産し、外国に輸出しながら、産出国に税金を払わないなんて許せない、と感じるのは当然の感覚であろう。まずこの記事のURLを示しておく。

http://www.taxjustice.net/2017/04/11/australian-beer-drinker-tax-vs-worlds-biggest-gas-companies/

そして現在では日本の国際石油開発帝石が間もなく生産を開始するイクシスLNGプロジェクトを始め複数の巨大LNGプロジェクトが出そろったことで、オーストラリアはカタールに肩を並べる世界に冠たるLNG生産・輸出国となった。しかしオーストラリアには税金が入らないのである。そう国際石油開発帝石のイクシスも利益がないらしい。そのため同社はことある度にパースで1,300人の雇用を創出したなどをオーストラリアへの貢献として挙げているくらいなのである。

そこで海洋ガス田からのガス生産に対して生産量に10%のロイヤルティを課すとの案が取りざたされているのだ。これの経済性への影響は大きい。コストは変化しないにもかかわらず、売り上げは10%確実に減る。それだけではない。20ビリオンドル(2兆円以上)の借金の返済が遅れるのでその金利負担が増えるのである。

ただでさえ商業性がないと言われるイクシスはさらに大きく経済性を棄損することになる。隠蔽のカーテンの向こうで何が行われているのかうかがい知れないが、融資関係者、株主などは目を離さない方が良いだろう。いや、国際石油開発帝石は国民の税金が投入された、政府がコントロールしている会社である。本来は政府を通じての国民の会社であろう。納税者としての国民の代表者である国会議員が目を光らせなければならない。

時に、The Australianの記事Union win on unworked overtime at Ichthys LNG project near Darwin という見出しの下に、「Employees on the $50 billion Ichthys LNG project near Darwin should be paid for unworked overtime even when inclement weather stops work for ...」と続いている。内容は有料記事のゆえに読めない。しかし$50 billion Ichthys LNG projectとあるではないか。このLNGプロジェクト規模は当初$34billionだったはずなのだが。途中で若干の見直しがあったが、コストのオーバーランなどないと言い続けていたプロジェクトである。いつの間に$50billionに増加したのだろう。2兆円近く費用が増加しているならさぞや経済性は悪化していることだろう。

 


産経新聞「長寿社会を創る3」にみる不可解な論理

このシリーズにはいろいろ問題があるのだが、最大の問題点は寿命が延びて行く場合の様々な懸念の分析に際して、寿命が延びることだけを想定し、その場合でもたとえば会社の定年などが現状と同じと想定してしまっていることであろう。変数1つなら分かるが2つになればもう限界、変数が3つ以上になればもうお手上げ、と言った能力で検討しているのではないかと感じてしまうのだ。今回はタクヤさん(45歳)というモデルを使ってシミュレーションしている。FPの岩城みずほ氏の試算が紹介されるのだが、「65歳で定年退職し、タクヤさんが100歳まで35年間生きると想定。国の財政状況から年金は年額195万円と見積もり、生活費を現役時代の7割とした場合、残り20年間の現役時代に毎年どれだけ貯蓄する必要があるかをはじき出した」と書いている。「算出した。計算した」ではなく「はじき出した」という表現からも「その程度のものか」と感じるが、そもそも想定がモストライクりーではなく意図的に大袈裟にしたように見える。私が会社に入った昭和48年の会社の定年は55歳だった。50歳ごろから役員に登用されるものがいた。そして平均寿命が延びるに従い、定年は60歳になり、65歳までなら雇用が継続されるようになった。役員登用時期もも55歳くらいに遅らせてきた。政策云々がなくてもそうなってきたのである。そう言う歴史や、社会の在り方を知っていれば定年後35年生きるという社会を想定するのが間違いだ位は気が付きそうなものである。「人生100歳」だとか「ひとづくり革命」と言った政府のスローガンに“調和的”なものを国民に示そうとの意図が見え隠れするようだ。

「寿命が延び、長生きすれば、医療や介護の費用も膨らむ」というのも問題だ。寿命が延びることは寝たきり期間が伸びることと同義ではない。元気な期間、健康寿命も延びるはずなのである。平均寿命100歳の時代には65歳などまだ老人ではないのである。研究どころか、検討と呼ぶ価値もないこの様なもので国民をミスリードするのは止めるべきではないか。「バカを集めて検討会を開いている」などとは言わないが今少し真面目な検討をした方が良いと感じるのである。

この専門家のレベルの低下、これこそが国難であろう。高等教育の無償化など、サッカーのナショナルトレセンに希望者全員を入れると似たような愚挙ではないか。能力と熱意のないものには無用、いや無駄である。現状を見るだけで分かりそうなものだが。

 


産経新聞論説委員河合雅司の「長寿社会を創る1」に疑問

さすが安倍政権応援団的産経新聞である。少子化対策を放置してきた安倍政権が、「人生100年時代構想会議」を設置したのとのタイアップなのか、「長寿社会を創る」と言う連載記事を載せ始めた。論説委員河合雅司による第一回(10月4日)の記事を読んだが疑問を感じた。

国立社会保障・人口問題研究所によるデータでは、2016年生まれの平均寿命は女性87.14歳、男性80.98歳である。そして2065年の平均寿命は女性91.35歳、男性84.95歳だとのこと。女性も男性も約4年平均寿命が延びている。つまり似たように寿命が延びると推測されているのだ。

河合雅司の記事の中にあれ?と思う部分がある。

「人生が長くなれば、家族の構成もまた大きく変わる。連れ合いを亡くしてからの1人暮らしが長くなる」

と書いているのだ。男女で平均寿命の伸びが大きく異なるのならともかく、平均値として同様に長生きになっていくのだから平均的には連れ合いが亡くなってからの期間が長くなるわけではあるまい。さては分析・解析が不得手の文化系の人かと感じた。

これに代表されるような考え方で政策提言などされては困るのだが。

もう一つ指摘しておこう。寿命が延びてできた期間の過ごし方に関してだが、「しかも、延びるのは『老後』ばかりだ」と書いている。大きな間違いである。私の少年時代に見た60歳には既に腰の曲がった人が多かった。寿命が延びるとともに60歳では腰など曲がらなくなった。かつての老齢は老齢でなくなる、つまり寿命が延びれば『老後ばかり』が伸びるのではない。働き盛りの期間も伸びるのである。寿命が延びるのだが、現在と同じ年齢で老人になるなどと言う非科学的考えの人にはこういう問題を扱う資格がないのではないか。

日本全体で、教育無償化の影響でなのか教育成果レベルが下がっている。新聞社のレベルも下がってきた感は否めない。

【追記】

百歳以上の人の数は年々増え続けると言うのだが2074年にピークを迎える、とある。ピークがあると言うことはそれ以降は百歳超の人数が減少すると言うことである。少子化対策をしなかったことへの反省があるなら、2074年以降の“短命化?”現象の分析と対策を考えておくべきだろう。

 


アヴェード ヴァスクレセーニィヤ(みちたけランチ)(173)

食の秋、味覚の秋と言うが秋は実りの季節、海山の季節感あふれる食材が次々に提供される。

本日の特別ランチのメインは「秋鮭のトマトチーズグラタン」である。秋鮭は岩手県普代港に上がったものだ。豊富であるべき秋の食材は不漁と言う現状では入手はできるが高価と言うことになる。サンマも鮭も何時になく値が高い。そんな中そう言う食材を毎週口にする贅沢を味わっている。普段は口にしない牛乳系のグラタンも「しっかり加熱してありますから」とのシェフの言葉に、安心して食べた。本当はこの手の料理は好みなのである。

一緒に入っているカボチャは酒田の八幡産、秋茄子は古川産だった。デザートにはイチジクのコンポートが出た。これを見るとまた今年も秋が廻って来たことを感じる。

なお、2日間東京出張だったので14日のブログは休んだ。会社設立関係用務もあり多忙である。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(109)突然ジャペックスオマーンに出向に

1987年だったか、私が39歳の時だから、サハリン石油開発協力への6年間の出向を終えて石油資源開発に復帰してわずか3年ほどでまた出向となった。

或る日の事片平さん(片平忠実)に呼ばれた。話は4月からジャペックスオマーンに出向してもらいたい、現地マスカット勤務だというものだった。当時伯母が起こした祖父の遺産相続の調停の関係で私は毎月1回東京家庭裁判所に出向く必要があったので、出向は構わないがそう言う事情があるので国内勤務にできないかと頼んだ。それで良しということで出向が決まった。その時には裏事情など知る由もなかったのだが、6年後に復帰した後森田探鉱部長から「このままでは矢部さん(矢部孟)に殺される」という理由で出向させたと聞いたのである。

しかし先に書いたように、会社の体をなしていないし、既に探鉱費も残りわずかであるし、それよりも「終結させるべき」と評価レポートを書いた対象プロジェクト、すなわち潰れるのが必至のジャペックスオマーンによりによって出向させるとは。それは何故かと感じたのだが、その矢部さんからの緊急避難という意味なら、優良プロジェクトに出すわけにもいかなかったのであろうことは理解できるのである。

しかし出向してみて驚いた。探鉱課長(エクスプロレーションマネージャー)というのだが、それまでいた木宮技術部長、甲田総合課長、山本地質課長の3人が石油資源開発に復帰したのである。会社の部長と課長2名の仕事を1人でやれというのだから、電通どころの時間外労働ではない。おまけに現地オマーンでのエクスプロレーションマネージャーも兼務だというのである。サハリンの現地勤務6年のこともあり、石油資源開発という会社は私を辞めさせたかったのだろうと感じざるを得ない。

課長で赴任したが、その年の探鉱作業は既に決まっていて、計画の作成も検討も見直しも不可という、タイミングでの人員交代など組織としてしてはいけないことなのだが、すべてが意地悪色に染まっていた、またはそれほど急を要する危機が迫っていたからなのであろう。

 


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