あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(8)

11月15日の産経新聞の主張(社説)は外国人剤の拡大法案について「法案の土台から築き直せ」と政府の提出法案自体を言わば否定している。政府の責任者は安倍首相であり、国会での野党の質問に対してもはぐらかしが目立ち、真剣に検討したものとは到底思えない。

主張の結語の部分を引用しておこう。

「首相は国民への丁寧な説明を約束したが、制度上の課題や曖昧さは残ったままだ。なぜ外国人を大規模に受け入れなければならないのか、法案の目的は依然としてはっきりしていない。  政府・与党は今国会での法案成立にこだわらず、土台部分をしっかり築き直すよう求めたい」

しつこいようだが、これは産経新聞の主張である。言わば箸にも棒にもかからぬ法案だということが分かるだろう。大事なことはそんないい加減な法案を無理やり成立させようとする理由が何かという点だ。国会での”木で鼻をくくったような”答弁が特徴の法務大臣が説明している。「喫緊の課題」であり「産業界の要望」なのだと。野党は産業界の要望とは具体的に誰がどう要望したのか、喫緊の課題を証明するデータを示せとなぜ言わないのだろうか。先の「高プロ問題」、「役所の障害者雇用データ」などなど、とかく全く異なる理由で作りたい法律・制度の理由付けのためにデータをねつ造するという、あってはならない手法を使う安倍政権なのだから、この外国人が必要という理由にも“人為”が加わっている可能性があるのである。

ともかく、天下の悪法以前に、日本を日本でなくす法案であるのは確かなように感じる。こんなことを許しておいてはならぬと思う。

もう一つ産経新聞の主張の例を挙げよう。12月2日の「安倍外交 対中連携で旗幟を鮮明に」というものだ。最後の部分を引用しよう。

「安倍首相の10月訪中で生じた懸念は解消されなかった。訪中で合意した第三国のインフラ開発協力路線は継続された。「一帯一路」は中国の軍事的、経済的覇権戦略であり、協力しては危うい」

更に論調は苦言、諫言に代わる。

「関係改善ありきで友好を演出する繰り返しでは、いずれ「インド太平洋」構想や米国との対中連携に綻びが生じる」

産経抄がここまで書くのである。「外交の安倍」という言葉など、広告用のフレーズに過ぎないことが分かろうというものだ。このような苦言を産経新聞に書かせるもの、それは米国以外にはないと感じるのだが。日本の政界がこれからどう変化していくのか、させられるのかが見えるような気がする。徴用工問題での日本の韓国への対応から米国の韓国への方針変化が見え、また安倍政権の法案への批判キャンペーンからは米国の安倍政権への方針変化が見えるような気がするのは筆者だけではないと思う。注視が必要なフェーズに入ったのではないか。

【石油資源開発株式会社探鉱部関係者へのお願い】

故吾妻高志さんの御友人から逝去の様子を知りたいとのメールを頂戴した。しかし私自身は石油資源開発の探鉱部とは疎遠であり、詳細な状況など知る手段もない。病気か、事故か、過労死か、パワハラが原因かなど皆目見当がつかぬのである。ご存知の方の情報提供を望みたい。ご友人からのメール本文を以下に引用しておく。

「初めまして。○○と申します。
私は吾妻くんとは小学校、中学校、高校、駿台予備校とずっと一緒でした。
つい先程、同級生から吾妻が死んだらしいとの連絡がありました。先々週に小中学校の同窓会があり、先週は高校の同窓会があったのですが彼のことについては情報がありませんでした。この歳で亡くなるということは全く想像できません。それに一月も彼の死を知らずにいたことが残念です。
亡くなった時など詳しいことがわからないのでネットで検索したところ、園田様のブログを見つけた次第です。大変恐縮ですが彼の最後のころの様子がもしご存知でしたらお知らせいただけるでしょうか。」

情報の提供先は「園田豪」メールアドレスはarakahi.kanri@gmail.comでお願いしたい。良き人には良き友人、吾妻君の人柄の良さが理解できよう。
 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(167)帝石鉱区への試掘交渉(1)

私が探鉱部の次長の時のことだった。浅利康介君が連日の残業をしていた。彼は新潟全域の地震探鉱データを取り出して、全測線の解釈をし直して、彼なりのコンパイルをしていたのである。長期にわたった。その執念に近い、ひたむきな努力に心が動かされた。私もサハリン石油開発協力に出向して、或いはジャペックスオマーンに出向して、膨大な地震探鉱データと来る日も来る日も格闘した思い出がある。そして、その成果として油田発見をした経験があるからである。かつての自分の姿と重なった。

その解釈の結果とそれから導かれる試掘ロケーションに関しての探鉱部内の説明会に出席した。正直に言って、自分で解釈したわけではないので、その試掘ロケーションの有望性については判断が難しかった。しかし、膨大な時間と労力を浅利君が注ぎ込んだ結果なのである。この志、その思いには応えたかった。

「君が精魂こめて検討した結果の試掘ロケーションだ。幾つもを試掘させるわけにはいかないが1坑は掘らせてやりたい。その1坑が成功ならば、さらに試掘することも考えられるだろう。君の考える試掘ロケーションの中で、これだ、と思うものを一つ選びなさい。矢は1本しか持たせられないが魂を乗せて射てみればいい。試掘実現に協力したい」

と私は言った。

石油公団がプロジェクトの終結を迫る、つまりつぶされることが殆ど決まっていたオマーンのプロジェクトに出向させられた時、浅利君ではないが、夜を日に継いで地震探鉱データの再解釈を行い、ダリール地質モデルを作成し、石油公団に説明した。その説明会に出席しないとしていた当時の内山知事が途中から参加し、説明を聞き終わった時に、『この説明を聞いて1坑だけですが掘削させてあげたくなった』と言ってくれた。そしてその1坑が成功し、地質モデル通りであることも証明し、その結果ダリール油田が成立し、成功プロジェクトに変わったのである。私はその時の内山理事の英断を忘れてはいなかった。その経験が私にそう言わしめたのである。

浅利君は、試掘の場合の敷地候補地もすでに検討していた。

大きな問題があった。その有望ロケーションは自社の鉱区内ではなく、何と帝国石油の鉱区内にあったのである。他社鉱区に試掘をするには共同鉱業権の設定が必要となるのである。帝国石油を説得しなければならない。探鉱部の上層部は、帝石と交渉せよと指示した。私はネゴシエーターとなった。(続く)

【告知】

所要があり数日外出するのでその間のブログを休みます。その関係で毎日曜日に掲載の『園翁自伝』を1日早い本日に掲載しました。

 


あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(7)

次は産経新聞の「日曜講座 少子高齢化時代」欄での「外国人労働者」をテーマにした「本当に日本は救われるのか」と題する、産経新聞論説委員、河合雅司の意見について紹介しよう。

「単純労働の解禁だけでも方針の大転換だが、永住権まで認める道を開くということは、この国の形を根本から変えうる可能性すらある。  こんな政策の大転換を、多くの国民が十分理解しないまま矢継ぎ早に決めてしまう姿勢に”危うさ”を感じる人も少なくないだろう。与党内にも慎重論が出ている」(太字は筆者による)

日本という国の形の、「外側を変えた」のが集団的自衛権であり、「内側を変える」のがこの外国人労働者受け入れである。 この『国の形を変える』という重要事項を、内容も詰めず、国会での質問にもロクに答えず、やっつけで法案成立に強引に突き進む安倍首相は、亡国宰相とでも呼ぶべきか。一体だれの利益のためなのかを明らかにしなければならない。

河合雅司は主張する。

「外国人の受け入れが進めば、人口減少を前提とした日本社会の作り替え作業は遅れる。そもそも外国人労働者の大規模受け入れは、現在の社会のサイズや過去のビジネスモデルを維持しようという発想であるが、辞際にはこうした努力は長続きしない」

その通りだ。少子高齢化の国家はこう変革すべきだ、というものの検討もせずに、現在のシステムをそのまま維持するには人数が足りないとする単純にして稚拙な考えにこの政府の無能さが表れている。新しいシステムを考える能力がないのだろう。日本人の少子高齢化がますます進む中で、外国人の永住者が増え続ければ、日本における日本人が少数派になってしまう。その時点で日本は日本でなくなっているのだ。

さて、河合雅司の結びの言葉を見てほしい。

「外国人の受け入れ拡大は本当に日本を救うのか。外国人頼みではなく、むしろ長期的視野に立って「人口減少に耐えうる社会」へと作り替えを急ぐ方が賢明だ。 「戦略的に縮む」努力を放棄した時点で、日本は衰退の道を歩み始める」(太字は筆者)

この河合雅司論説委員の説に全面的に賛成である。政権寄りの産経新聞の論説委員がここまで安倍首相の愚かな政策を批判するのは、安倍首相に任せておいたら日本が滅びるとの危機感によるものだろう。加計だ、森友だ、のレベルなら「ワル」で済むが、日本という国家の形を壊す暴挙をさせてはなるまい。理解できないのはこれを放置している「日本会議」なるものである。そんなものだったのかと呆れている。

 


あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(6)

11月2日の産経新聞の「主張」(社説)は「外国人法案」がテーマであり、「国会の審議に耐えられぬ」との題でのものだ。多くの「基礎的」問題を指摘した上で次のように結んでいる。

「法案には、問題や不明点があまりにも多い。移民を受け入れる多くの国が社会の分断や治安の悪化に苦しんでいる現実もある。制度に抜け道や曖昧さを残したまま、「社会実験」を行うようなまねは許されない。  大規模受け入れに踏み切れば後戻りは難しい。混乱のツケを払わされるのは将来世代である」

簡単に言えば、この外国人法案なるものは法案の体をなしていないと言っているのだ。

この様な中身のない法案を何故急ぐのかについて山下貴司法務大臣は「人手不足解消は喫緊の課題だから」との言い訳に終始する。日本の少子高齢化に伴って労働人口、特に若い労働人口が著しく減少するのは遠い昔から指摘されてきたことである。山下法務大臣は何となく生意気な態度で国会答弁をするのだが、喫緊の課題にしたのが無策を続けてきた自公政権なのである。自らの不作為の責任を棚に上げ、国家の根本である国民構成に大きく影響する“移民法案”を、制度設計も、関連事項も議論も、すべてが不足のまま採決しようというのはまさに亡国内閣、亡国政府の所業と言えよう。勿論与党である自民党は亡国政党ということになる。

そして政府べったりの産経新聞がこれだけ反対しているのである。そこまで早期成立にこだわる裏には余程の圧力か或いは何らかのベネフィットが絡んでいると見た方が良いのではないかと感じる。

 


あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(5)

さて今日は産経新聞(11月13日)の「緯度経度」欄に載った古森義久の「アベ対中外交への批判」というそのものずばりの記事を紹介する。冒頭は、

「日本の安倍晋三首相は米国が中国の無法な膨張を抑えようと対決の姿勢を強めたときに中国の友好を求め、日米同盟やトランプ大統領を害することになる」

との、クリスチャン・フィトンによる、政治外交雑誌「ナショナル・インタレスト」(2018年10月末)の「日本の中国接近はなぜ失敗なのか」という論文の引用である。その論文の副題は「米国が中国の貿易問題や南シナ海での威嚇をついに抑え始めたときに、日本政府はなぜ中国への融和的な接近をするのか」というものだという。つまり、安倍政権の最近の中国への姿勢を辛辣に批判していたというのだ。古森は書く、

「確かに米中と日中の両関係の現況を表面で見る限り、中国に対して米国が「協調から競合や対決へ」と明確にうたう一方、日本は「競争から協調へ」とまさに正反対である。」

と。そして末尾のほんの僅かなスペースを使って、

「米海軍大学元教授のトシ・ヨシハラ氏は『日米両政府間では日本の対中接近についても事前にかなりの協議があり、フィトン氏の指摘はやや過剰かも知れない』と述べた」

と書き、安倍批判色を若干薄めようとしたかに見えるが、安倍批判90%の記事であれば本音が何処にあるかは自明であろう。

最後の付け足し部分は、大阪人が良く口にする、「あいつはアホや、よう知らんけどな」の「よう知らんけどな」程度の意味しかないだろう。

 


あの産経新聞に登場し始めた安倍批判、その背景は?(4)

産経新聞に見る安倍批判だが、勿論批判ではなく安倍擁護の記事も多い。月刊「ABEDA」ではないかと私が揶揄する「HANADA」に寄稿したりする産経新聞の外信部次長、矢板明夫の「中国点描」(産経新聞11月7日)の「安倍首相訪中 中韓共闘にくさび」なる一文を見てみよう。以下の展開が興味深い。

「安倍首相が今回の訪中で、米中貿易戦争により経済が厳しい場面を迎えた中国を実質的に支援したことを「対中協力をし過ぎた」「日米関係にマイナスだ」と批判する声は、保守陣営を中心に少なくない。  しかし、中国側との首脳会談で「邦人拘束」や「中国の人権問題」などに言及し、日本の主張をはっきりと伝えたことはこれまでの日中関係史上でも珍しく、高く評価すべきだと考える。また、この時期の訪中で中韓共闘にくさびを打ち込み、歴史問題で暴走する文在寅政権を孤立させたことは日本にとって大きな外交の成果であり、国益につながったことは確かだ。」

中国に甘すぎるとの批判があるけれど、「邦人拘束」「中国の人権問題」を口にしたからこの訪中が”高く”評価できるとは、どうしてそう言う風に考えられるのだろうか。今までそれを発言してこなかったのも同じ安倍首相ではないのか?言って高く評価されるなら、言わなかった時は強く非難されるべきと思われるが産経新聞がそうしたなどとは聞いたことがない。その都度都合よく解釈しようする態度は新聞社の外信部次長とも思えぬ。

そして、中国への経済支援にほかならない通貨スワップ協定が、いつの間にか中韓共闘への楔に姿を変えて宣伝されているようだ。事実は通貨スワップ協定を結ぶことに合意したというところまでだ。中韓共闘にくさびを打ったなど、そう言う効果があったことにしたいだけの「ただの願望」「中国に甘すぎたことの言い訳」に過ぎないもので、事実などではない。こういうのをわが国では昔から『屁理屈』と呼ぶ。

安倍政権のための世論誘導の先兵たる性格が明明白白なようだ。

 


細川珠生の教育改革論に疑問

「あの産経新聞に登場し始めた安倍批判」シリーズの息抜きに他のテーマのブログを挟もうと思う。

細川珠生という人がいる。産経新聞(11月7日)の「解答乱麻」のコーナーに「今こそ教える体制の再考を」と題して一文を寄せているのだが、先ず筆者紹介の僅か4行に違和感を持った。4行しかないのであれば、そのわずかなスペースで出来る限り本人を知らせるようにすべきだろう。しかし、実際には「ラジオや雑誌でも活躍」とある。ここで言う『活躍』とは何か。ラジオや雑誌に出てくる頻度が高いということを意味するだけなら、そんなものは本人を評価、判断する材料になどなるまい。テレビに出ずっぱりの芸人が偉い人、立派な人ということではないのだから。

そして「父親は政治評論家の故細川隆一郎氏」ともある。それがどうした、と言いたい。親が有名の、偉いのと言ったって子供の出来とは無関係だろう。トンビが鷹を生むのは珍しくても、鷹がトンビを生むのは普通なのである。著者紹介はウィキペディアではなく、芸能人の紹介でもないのだが…。七光り期待の人が教育を語るのか…

さて、論旨にも未熟さが感じられる。

「今の日本に必要な教育は、ここの特性や資質、能力を伸ばすために、少人数教育を行うことである。特に日本人に欠けている議論する能力を養うには大人数ではできない。また学習の習得に差があっても一斉に授業をすることが原則であり、習得の早い子、遅い子、ともに消化不良のような学習になる」

の部分を題材に少し分析してみよう。

「議論する能力を養うには大人数ではできない」の部分は明らかに日本語が間違っている。「…養うのは大人数では…」とすべきではないのか。主語と述語という基本が理解できてないレベルが教育を語るとは。ひょっとして親の七光りで生きる人なのかと、ふと疑問を持った。また「学習の習得」という表現が正しいと思っている人らしい。たったこれだけの文章に日本語表現上の疑問点が複数表れるようではと、その能力に不安を覚えた。

日本語能力についての議論を脇に於いて、その主張する所を見てみよう。

細川は少人数教育を勧めている。その主眼は「日本人に欠けている議論する能力を養う」ことだという。そしてその能力は「大人数(教育)ではできない」と主張する(括弧内は私が補った)。一言で言って間違いだ。議論というのは相手が少人数の場合も大人数の場合もあるのだ。細川の頭にある「議論」なるものは極めて限られた「議論」をイメージしているのだろう。この部分を読むだけで、議論・交渉を実務としてこなしてきた人ではないことが見えて来る。恐らくは実務ではなく知識として学んだ人なのではないだろうか。

習熟度によって区分しての学習の方が効果が上がることは昔から分かっている。それが実施されてこなかったのは、教育に関してあれこれ言う文化人なるものの影響だったのだ。いうなれば教育に信念を持つ人が不足だったということだ。そして習熟度別の教育が少人数教育を意味するものではないことに注意が必要だ。習熟度と人数というものは異なる概念の言葉である。

最後に、私はいわゆるベビーブームの時代の生まれである。小学校では60人クラスで且つ2部授業を経験した。中学校では55人クラスが1学年に21クラスあった。それこそ、細川が学習効果が悪く、議論する能力も育たないという教育環境の中で育った。だが議論も交渉も得意分野である。どうも、本とウェブで覚えた知識を元に意見を言う一見知識人が増えたように感じる。それをまたちやほやする輩がいるのがいけない。それでは本物が育つわけがない。

一言加えておこう。所謂学習効果は習熟度別勝少人数の方が上がるのだろうが、教育とは知育だけではない。年齢の様々な子供たちが戸外で遊んだ昔とは異なり、何人か子供が集まっても、てんでバラバラにゲームをして遊んでいるような現代では社会性の獲得という大きな教育目標の達成が難しい。この面では、さまざまな個性、主熟度の子供が数多く存在する、一つの社会を構成した方が良い。大人数はその点では好ましいのである。教育とは人間を育てることであり、知識の習得、技術の習得だけではない。ディベート能力を皆に持たせることが本当にそれほど重要だと考えているのだろうか。何処か基本的考え方に違和感が残るのだが。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(166)補助井における検尺

国(経済産業省)の補助金をもらっている試掘井では計画深度まで掘削したかの確認が必要である。税金が使われているのだから当然だ。勿論税金100%の基礎試錐でも同様だ。掘り止めになると経済産業省から検尺官という係員が現場にやってくる。

さて、検尺の方法だが、掘削の場合のビット、ドリルカラー、ドリルパイプの編成で坑底まで降下して、その鉄管長の総和として掘削深度を求めるのが普通である。ドリルパイプはおおむね1本9メートルほどのものだが、何故か統一された長さではなく、長短がある。使用中に、破損などがありパイプ自体を切断して短くなることも、ネジの切り直しで短くなることもある。それらのバラバラな長さの鉄管類の長さは鉄管長リストに記録されている。そして実際に掘削に使われた鉄管の編成も正確に記録されている。

従って、鉄管の編成と個々の鉄管の長さの記録から坑井の掘削深度は計算できるのだが、それを確認したとしてもそれは鉄管長リストの確認に過ぎないので、検尺は実際に坑底まで降管した後に、楊管し、例えばドリルパイプを3本つないだワンスタンドごとに実際に巻尺で長さを計測して、それを検尺官にその都度確認してもらうことになっている。しかしこの作業は検尺官が来るより前に企業側で実施し、スタンドごとの鉄管長リストを作成しておくのが常だ。

現場に検尺官が鉱業所長に車で到着するのは私の経験では午前10時過ぎだ。それから場長による現場の説明があり、楊管(通常は既に始まっている)と計測が始まる。検尺官も櫓下に行き、楊管と検尺を実見する。しかしその数は3,4スタンドであろうか。直ぐに鉱業所長車で現場を去っていく。「お偉いさんが昼飯に行った」と現場で言われる状況だ。検尺官が現場に現れるのは午後3時ごろが普通だったか。その間黙々と楊管作業が進んでいる。検尺官はまたもや数スタンドの計測を実見して現場を去っていく。

これ以上ない、というほど善意に解釈すれば、検尺のごくごく一部をサンプリングして、全体の検尺の確度を判断したと言えようか。しかし普通に考えれば、検尺官が実際にしていることは「おざなりな」「いい加減な」「形式的な」チェックと言われるものだ。およそ国民の大切な税金が正しく正確に使われているかを確認するとの意識など見当たらない。

決裁後に、その決裁内容を書き換えるのが役所である。正義感を山の中の現場に来る検尺官に求めるのはもともと無理なのかもしれないが、いくらなんでもひどい実態であった。これらは私が実際に昭和49年当時に経験したことであるが、役人の本質は変わっていないのではないだろうか。我が国において行政監察が機能しているとは全く思えないのである。

 


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