微信(ウィチャット)での新刊紹介が中止になった

今年7月に出版した『太安万侶の暗号()〜漢家本朝()壬申の乱、そして漢家本朝の完成へ〜』と『人麻呂の暗号と偽史『日本書紀』〜萬葉集といろは歌に込められた呪いの言葉〜』の新刊書2作品の紹介が、異例なことに中国の日本向け雑誌『人民中国』のウェブ版に7月21日に、そして『人民中国』誌9月号に掲載されたことは先にブログに書いた。

その際、2016年4月時点で6億数千万人のアクティブ会員を擁する中国版LINEとも言える微信(ウィチャット)に紹介文を送信するという事にもなっていたのだが、それが急に中止になったと知らせがあった。理由は担当者の転勤などの都合というのだが、それは表向きのことだろう。考えることはある。漢家本朝とは建武の式目に明記されている言葉で、日本の朝廷というのは中国からの渡来人の家系だという事である。それを隠したい朝廷側が対抗するために書いたのが北畠親房の『神皇正統記』だとすれば歴史がすっきり理解できるだろう。その漢家本朝のことや、白村江の戦で唐に敗れた倭国が一時唐に占領され、筑紫に唐によって都督府がおかれたという歴史解明などは中国にとって”耳に心地よい”ことだったのではないか。中国の本を日本に紹介する新刊紹介コーナーに日本人による日本の本が紹介された異例さにある種の政治的意図を感じるのは否定できない。であれば、微信での紹介中止にも政治的判断が作用していると見てよいのではないか。実は唐による筑紫都督府の撤退は、新羅が唐に勝利して半島を統一した時点と時を同じくする。吐蕃(現在のチベット)が青海湖の南の大非川の戦いで5万とも10万とも言われる唐の大軍を打ち破ったという結果が唐の朝鮮半島や倭国からの撤退をせざるを得なくしたのである。「歴史を科学に」との信条を持つ私にとっては当然の記述も、チベットを無理矢理併合した中国にとっては触れてはいけないことだったのかも知れない。

政治的な歴史利用をする中国ではあるが、我が国の明治(薩長)政府も天皇を政治利用し、権力を奪取しただけでなく、廃仏毀釈というまるで中国の文化大革命の如き非道なる無茶をしてきたのだから程度の差こそあれ、似たようなものであろう。

私が解明し、著作とした歴史を多くの人に気付かせる意味ではいろいろな媒体によって発信されるのは好ましいことなのだが、それが政治利用の為となると気が進まない。

昔、曾祖父が天覧に供するために内外の刑法関係をまとめたものを書いた。それを見た福沢諭吉がいかにも彼らしく「是は儲かるに違いないから売り出せ」という意味のことを言ったという。曾祖父はそれに対し「そう言うことは我が素志にあらず」と答え、早々に辞したと伝わる。私も同様のことを言いたい。「著名になる、儲かるなど我が素志にあらず」と。士の気風は若干なりと雖も我が精神にまだ残っているのである。

 


佐藤優氏の「世界裏舞台」(産経新聞、9月18日)について

先に一度佐藤優氏の「世界裏舞台」の内容が、既存のファイルの様であり、氏の論理や意見、判断が殆ど含まれていないと指摘した。今回の「『第二イスラム国』の恐れ」という、カリモフ大統領死去後のウズベキスタンに関する記述にも同様の傾向が強く出ているように感じた。元外務省の情報分析官だった氏の記事に得意であるはずの分析が見られないのである。いや、外務省ではこういうものを分析と定義しているのかも知れないとさえ感じた。

殆どはウズベキスタンという国とカリモフ大統領の経歴、特徴のおさらいで出来上がっている。極論すればウィキペディアと新聞記事などの編集(C&P)の如く見えるのである。「ウズベキスタン」と「カリモフ大統領」のウィキペディアの記述を読み、さらに各種新聞記事をまとめた、例えば、

http://matome.naver.jp/odai/2147284935393341301

を見てほしい。佐藤優氏の記事に独自の視点も、分析も、予測も見当たらないことが分かると思う。今少し「なるほど、さすが」と感じさせる記事をお願いしたいのだが。換言すれば、読者の期待に応える内容を、そして出来るならば、読者の期待をはるかに超える記事を書いてほしいのである。それほど高い期待を持っているわけではないのだが、それにしても期待外れの感がぬぐえない。

 


環境アセスの承認内容と異なるものを造ったら処罰が必要だろう

石油開発の世界では開発施設建設には環境アセスメントを行い、当該政府に提出しその認証を受けなければ工事にかかれない。東京都においても大規模工事についてはそういうことになっていると思う。民間企業が東京都に環境アセスメント書を提出し、東京都の承認を得てからそれと異なる設計仕様で工事を行ったらどうなる。当然処罰されるだけでなく、本来は原状復帰させられるのだろう。さもなければ、審査に通る内容で承認を受け、全く異なる設計で工事をするという事が無制限に可能となる。

豊洲で実際に環境アセス書と異なる工事が行われたとのことだ。今更元に戻せないからと別の対策をしようとしているのだそうだが、そんなことをしたら同様に勝手に設計を替えておいてばれたら追加工事で認めてもらうという“方式”が公認されたことになるだろう。東京都が東京都の工事で起こした違反行為だから「それでもいいことにする」というのではだめで、むしろ監督すべき東京都の工事だけに一般より厳しく対応すべきではないか。明らかな違反行為に対しては刑事責任も問うべきではないか。そして損害については責任者、関係者に弁済させる対応をしなければいつまで経っても不正はなくなるまい。石原、猪瀬、舛添という歴代知事にも責任があるのではないか。見逃せば見逃すほど悪がはびこることになる。

 


モーレツ社員否定の国、そんなもの発展するわけがない

安倍首相が日本を「モーレツ社員否定の国」にすると言ったとのことだ。学問でも技術でもスポーツでもそうだろうが、猛烈に取り組まなければ一流にはなれまい。オリンピックの女子シンクロの練習を、毎日8時間の練習に制限してご覧なあ、メダルなんて夢のまた夢だろう。ワールドカップで南アフリカに勝った日本ラグビーも信じられないようなトレーニングを積んだ。企業においても技術屋が帰宅後も自宅で研鑚に励むなど当たり前であり、そういう人間が引っ張って日本の技術は世界をリードしてきた。七光りとか、天下りで楽に世を渡っていく人には分からないだろうが、少なくとも死ぬほどのめり込み、励むのを制限することだけは止めるべきだ。

戦後の復興は猛烈に働く日本人が成し遂げたのである。しかし現在はとても日本人の特徴を勤勉となど言える状態ではない。ゆとり教育がアホを量産したことを知っていながら次は「ゆとりワーク」か。家庭の子育てや介護を担当していた主婦を家庭から職場に駆り出して、介護と保育が不足すると大慌ての安倍政権、自らの政策が結果として問題を起こしているのである。今また働かない日本人とすることによって、労働力不足がより顕在化するだろう。結果として働かない日本人の代わりが外国人労働者の受け入れなのか。日本の危機を日本政府が作るのは止めてもらいたいものだ。

参考までにだが、私は大体朝6時半起床、夜11時ごろ就寝、食事やエクサーサイズ、買い物などの時間以外はデスクに向かっている。夕食後も、5分後にはデスクに戻っている生活だ。日曜も祭日も変わらない。そうしなければライフワークの完成など覚束ないと思うからだ。学生時代の恩師、徳山明先生の教え「遅寝早起き、月月火水木金金」と高校時代に教わった禅寺紅谷庵の水野老師の「水の心」そして父から教わった「侍の心」が人生の基本になっている。安倍首相から見ればモーレツ老人なのではないか。個人の人生への態度を政府が規制するなんざあ、願い下げである。

 


アヴェード ヴァスクレセーニィア(みちたけランチ)(121)

本日のメインは「イシナギの塩焼き、菜種油と紫蘇の実風味」である。イシナギはかつて一度だけ口にした事があるというほどの珍しいものだ。高知県以北の400〜500mという深場にいるスズキ目の魚である。大型になると2メートルにもなるという。青森県ではオオヨ、山形県酒田ではオオナと呼ぶが和歌山県では伝説に基づきダイシ(大師)ウオと呼ぶ。英語ではSeabassというからこちらの方が馴染みのある名前か。

淡泊だが上品な脂っ気がある、なかなか味の良い白身だ。クエに似た感じもする。シンプルな塩焼きにアクセントを加えているのが紫蘇の実である。紫蘇の葉(大葉)の香りは豆腐によし香草焼きによしと利用法は様々だが、紫蘇の実はまた格別の風味を持つ。私は紫蘇の実の塩漬けが好みだ。温かいご飯に載せて食べるとその香りが食欲を増す。そう言えばカレーに使う香辛料にもシソ科の植物が多い。神が作った植物の中では出色のものなのである。

もう一つの風味が宮城県角田産の菜種油だ。NPO法人エコショップ角田油工房が菜の花プロジェクトと銘打って作っている菜種油だ。添加物なしの菜種油なので安心して使えるだけでなく、菜種の香りが素晴らしい。その香りをかぐだけで頭の中に一面に広がる菜種畑が浮かんでくるようだ。

寿司は今日は鉄火丼、赤身の濃い味がマグロを強く印象付ける。デザートはイチジクのコンポート、仙台の秋を食べている感じである。

 


園翁自伝(石油資源開発時代回顧録)(58)若杉和夫氏の想い出(6)

西豪州政府の石油鉱物大臣コリン・バネット氏との面会を皮切りに石油開発会社などを訪問した。西豪州政府が大臣との面会を受け入れてくれるのは石油資源開発が西豪州に対して将来投資をするかも知れないからそのビジョンを聴こうと言う理由即ち期待からである。石油開発会社の幹部が面談に応じるのも将来のディールを念頭に置いてのことである。勿論面談予約に際しては、訪問の目的を聞かれる。「say Hello」が目的などと言えば、「わざわざ用もないのにお越しいただくなくても…」と言われること間違いない。大臣も民間の石油開発会社のトップも忙しいのである。

若杉社長は素晴らしい通訳を特別に契約して日本から帯同していた。その英語はまさに一流であり、訪問の後に会うたびに話題になり、また誉められたものである。しかし訪問時に話した内容は以後話題になることはなかった。それは投資に関するものでも戦略に関するものでもなかったからである。恐らく『財界』や経済誌の記事の受け売りではないかと感じたのだが「これからの時代はマイクロモーターの世界になると思います」と言うのが主題だったのである。経済産業省からの天下りではあるけれど、石油開発企業のトップではないという実態が良く表れているだろう。「なるほどそうですね」などと相槌を打つ大臣の顔をとても正面からは見られなくて困ったものである。「不適材不適所」「厚顔無恥」などの言葉が頭をよぎった。恥ずかしい思いをした事はたしかである。そしてこの「マイクロモーター」の話はどの訪問先でも同じであった。「言わずもがな」でもあり、「行かずもがな」でもあった。訪問相手に良い印象を与ええないのなら訪問などはしないほうがましである。

 


(事業としての石油開発を目指すなら)園田豪の石油開発論(13)調達業務を公正にせよ

オマーンのダリール油田の開発を終え創業段階に入るとき、現地の操業を請け負う会社の入札を行った。受注したのはハリバートン社だった。入札金額が一番低い、Lowest Bidderだったのだ。時の大原現地所長が次の前波所長に替わった翌年のこと、ハリバートン社から大幅値上げの申請があった。問いただすと、昨年の入札の時から翌年に価格を上げてよいから入札時は低く札を入れることで合意していたとのことだった。真偽は別として、或るサブコントラクターと特に親しいという開発関係の技術屋や調達関係の資材屋というものがいるので注意が必要だ。勿論プロジェクトを企画するという企画室なるものも要注意である。ある時は企画とか営業関係から発電所を作ろうなどという工事計画が提案されたりするのである。

他社とコンソーシアムを形成してのプロジェクトの場合は専門のコミッティーを作り、何事も正式な証拠を残しながらなので不正は入りにくいが一社での調達などには注意が必要である。

私が資材部長になって驚いたのはそのほんの少し前までは、試掘などで使うケーシングパイプをメーカー(当時の、新日鉄、日本鋼管、神戸製鋼など)に石油資源開発への出資比率で割振り発注していたことであった。しかもパイプの値段をメーカーに統一させた上でのことだった。海外プロジェクトばかりを担当してきた私には信じられないことだった。石油資源開発が生産し、供給する天然ガスに水銀が含有されている問題が出た時の水銀除去装置の発注については社長指示ということで一切入札も見積もり合わせも行われなかった。異常といえばかなり異常なことが行われてきたのである。

ケーシングパイプについて付言すれば、川崎製鉄のものをある程度使えと入札後に社長から指示が来たこともあった。江戸時代のドラマで、寝物語に女にせがまれた殿が口利きをすると同じような構図が時として現実に存在するのである。上に立つものは我が身を綺麗にするのが当然ではないか。現実にはそれこそ出世できなくなるが。

調達業務は公正であるべきだ。不公正さは必ず会社に金銭的損害を与えるものであり、特定の個人にベネフィットをもたらすものでもある。また、そう言った不公正を行って来たものを役員に登用することが、更なる不公正を呼んでいることを知るべきである。

 


人前で大口を開けぬのは日本人のたしなみだったが

「お腹の中が見えますよッ!」と大あくびをしたときに言われた経験はないだろうか。大きく口を開けて笑った時にも口を手で覆いなさいと注意されなかっただろうか。人前で、大口を開けるのは礼義にもとることである。あくびでもくしゃみでも口を手で隠してするものである。まさに「お里が知れる」と言われる非常識だったのだが、昨今の低俗番組に出てくる“芸人”というものの振る舞いに日本人がマヒしてしまったのかも知れない。

こんなことを感じさせたのは新聞の広告である。9月10日の新聞に「さんまの東大方程式」なる番組の広告があり、そこにさんまという芸人の大口を開けた品の無い笑い顔が載っていたのである。「笑い顔」であって「笑顔」ではない。そう言えば爆笑問題の大田某が、サルがシンバルを持って叩くおもちゃもかくやとばかりに両手を大きく広げ、叩くを繰り返しながら大笑いをする姿も「低俗」の一語に尽きる。

見世物小屋や演芸場といった特別な場所でならともかく、普通の社会に「下品」を持ち込むのは好ましくないと感じるのだが。高尚なものだけにしろと言っているのではない。普通の社会には普通なものを、下品なものをなくせとは言わぬがせめて下品なものを公共放送で垂れ流すのは止めないか。日本全体を低俗化しないために。

一言付け足そう。北野たけしが出ているCMで、「バカ野郎」と怒鳴る場面がある。公衆の面前で「バカヤロー」なんて言ってはいけないと子供の時に教わらなかったのだろうか。聞くたびに嫌な思いがする。今少し品位というものに配慮すべきだと思う。言葉の下品さは、腐った生ごみのようなもの、表に出すようなものではあるまいに。

 


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