居眠りだと危険運転致死傷罪にならない?!これは異なことを!

 
京都府亀岡で起きた18歳の少年による大規模な死傷事故だが、危険運転致傷罪の適用を見送ったという。
その理由は、飲酒による事故なら適用するが“居眠り運転”なら適用しないというものだった。
全く納得できない。
飲酒運転は飲酒による運転能力・判断能力の低下が予見できるのに飲酒をし、その結果事故を起こしたというので危険運転致死傷罪が適用される。
では居眠りはどうだろう。普通の生活をしていて、ぽかぽか陽気につい居眠りをしたというなら適用されないのも理解できる。しかし、前日一晩じゅう車を運転していたというのだから、当然居眠りをして事故につながる危険な運転になることは予見できていたはずである。ならば飲酒運転の場合と同じではないか。
居眠りという言葉だけにとらわれて危険運転致死傷罪の適用をしないのは警察、検察の間違いではないか。
「法はその立法の趣旨にかんがみて判断・適用する」のは法学のイロハだ。
法の精神を学ばないものが増えてきたのだろう。司法試験のレベルを下げたのも一因かもしれない。


「いじめられた友人に土下座させたい」、なんだこれは?!

 
4月22日に東京都八王子市で起きたバスジャック事件、逮捕された14歳の中学校生徒は、
バスジャックをしてマスコミや警察を呼び、その前でいじめられた友人数人に土下座させ、なぐりつけたかった」
と述べたという。(産経新聞5月3日)
ここでは事件についてではなく日本語について書く。”いじめられた友人”とはいじめられた、という受身表現だから被害者を意味してしまう。言いたいことは”いじめた友人”という意味なのだろう。日本語が理解できていないようだ。中学生、14歳になってこの程度の日本語力とは…、学校の国語教師は何を教えてきたのか…。こういう現状だから英語などは後回しにして日本語をしっかり教えるべきだというのだ。
タイトルの「いじめられた友人に土下座をさせたい」は産経新聞の見出しだ。こんな間違った文章を見出しとしてはならない。見出しに使うなら日本語の誤りを注記すべきではないか。産経新聞の編集・校正能力も不足に見える。


なとりのチーズタラ

 
テレビコマーシャルが流れる。女性が二人並んで汽車の座席に座っている。なとりのチーズタラを取り出し、食べる。
チーズと鱈の組み合わせを“運命の出会い”と評する。
内容は悪くない。だが“出会い”のアクセントが完全な間違いだ。デイと下線部を高く発音するのはいったいどこの地方のアクセントなのだろうか。
これを聞く度になとりのチーズタラがまずそうに思えてくる。シナリオは悪くないのにアクセントを知らないばかりに逆効果になっているのではないか。


大阪の民間企業は入れ墨オーケーなのか?!

 
いくら非常識で熟慮が不足な発言が特徴の橋下大阪市長でもこれは言い過ぎだろう。
大阪市でアンケートを取ったら入れ墨を入れている職員が110人もいたそうな。尤もアンケートだから本当のことを書かなかった職員もいるだろう、実際の“入れ墨者”はもっと多いのではないだろうか。
この状況に橋下大阪市長は「(入れ墨を入れたいのなら)民間に行け」と語ったとか。奇妙なことを言うものだ。
大阪の民間企業は入れ墨を認めているのか?!
反社会的勢力(暴力団)の構成員のしるしに近い入れ墨を認める民間企業などないのではないか。風呂屋だって「入れ墨お断り」とずいぶん昔から掲示を出している。
入れ墨がまかり通って来たのは“大阪市”という公務員組織だったからではないのか?
大阪と言う土地柄(民族性)の故か、はたまた”変わった”大阪市長ゆえの発言か、この騒動に違和感を感じる国民は多いと思う。
時にこれに関連して奥山仙台市長は「即ダメと言うことではないと思う」、「…海外では入れ墨的なものを楽しんでいるので、文化の問題として考える必要がある」と述べたよし、いささか思慮が浅いように感じる。海外では鼻に金属の輪を通したり、唇にピアスをしたりするものもいる。これもファッションを楽しんでいるのだ。入れ墨は良くて、鼻輪は悪いと区別などできまい。入れ墨に“理解”を示すが如き迎合的態度は好ましいものとは思えない。公務員には公務員としての身なりと身だしなみが必要ではないか。
仙台市職員が安心して入れ墨に走り、全国の入れ墨公務員が仙台を目指したらどうする?奥山さん!


次々見つかる活断層、ないことにしていたのか?!

 
日本は火山国であり地震国、天災にあう可能性が極めて高いところ、すなわち原発の設置には最も適さないところだ。
立地場所を求めて地質調査をすれば活断層が見つかる場合は多くて当然である。
原子力安全保安院の職員が保安上の危険について意見を具申したら「寝た子を起こすようなことをするんじゃない」と、何と保安院の責任者が言ったとのことだ。その腐った原子力安全保安院が今現在も存在する。いずれ原子力規制庁になるというが、看板を替えても“腐った”中身が同じじゃ何を期待するのか?
さて敦賀原発のところに活断層が見つかったとの報道がある。“常識的に”考えて、以前から分かっていた活断層の存在が言論統制の圧力が減ったので表に出てきたというのが本当のところではないだろうか。監督官庁の原子力安全保安院が安全のための検討を妨害するくらいなのだから、事業当事者の電力会社ができるだけカネをかけまいと行動するのは容易に想像できることだ。
原子力の村は原子力工学の学者だけで出来上がっているのではない。地震学者、構造地質・防災地質学者なども“立派な“原子力村の構成員なのだ。
“安全神話”と言って“神話”という言葉で意図的についたウソに対する責任を回避しようとする者どもを見逃してはならない。


人権活動家と言ってもやはり中国人だ!

 
中国の人権活動家、陳氏が軟禁先の自宅から数百キロ離れた北京の米国大使館に、盲目の身で移動し収容されていたことだけでも一人では不可能だから、何らかの力が働いていたのは間違いないだろう。
不思議なのは、米国大使館に保護を求めながら、CNNに対して米国への苦情を述べ北京市内の病院に移るや、今度は米国の対応を批判し、挙句は米国の議会に電話をかけたりしていることだ。
普通の感覚では米国大使館に保護され、亡命を頼むならもっと低姿勢であるはずなのだが、陳氏は違う。米国が亡命を認めて当然だろう、家族の安全についてもしっかり交渉すべきだろうと主張し、はてはオバマ大統領に「出国できるようにあらゆる手段を尽くしてほしい」と言ったりしている。その態度の“大きさ”には驚くというかあきれる。
米国大使館に保護されたのに、中国に残りたいと希望したという点も不可解だ。それならば米国大使館になど行かなければ良い。米国の保護を受けながら中国残留をしようとしていたとするなら利用された米国が気の毒だ。
どんな人権活動家かは詳しく知らないがその行動パターンはまさに中国人である。翻弄される米国はこれからますます苦労することだろう。


法律は常識で

 
学生の時に受講した「法学」の講義で印象に残った教えがある。
「法ある時は法により、法無き時は判例による、判例無き時は慣習による」
という言葉だ。また、
「法律の解釈は難しくありません。常識で判断すればほぼ間違いはありません。法律と言うものは常識に基づいてつくったものなのですから」
との言葉も印象的だった。
小沢一郎問題だが、指定弁護士が控訴したにもかかわらず、党員資格停止処分を解除した民主党には“常識”が欠如しているとしか思えない。“常識がない”者が国のリーダーとなることなどあってはならない!
小沢裁判こそ裁判員裁判とすべきではないのか。”秋霜烈日”とはほど遠い“非正義”な検察に判断能力があるのかも疑問だ。司法にも圧力をかける民主党が政権をとっているときに“常識”に基づく判断ができるのは司法組織に入っていない国民だけ、すなわち裁判員しか公正な判断ができないのではないか。
それにしても松下政経塾は”三権分立”どころか“常識”すら教えなかったと見える。教えたもののリストを見たい。




百済の取材をした

 
昨日まで百済の取材に出かけていた。将来の太安万侶の暗号シリーズの準備だ。
同行者一名と、専属のガイド、運転手の4人で百済最後の都である扶余を中心に史跡や資料館、博物館を訪ねた。
百済人の生活がかなり把握できた。
支配階層はツングース系の扶余族であり、被支配階層は朝鮮族と言う体制なのと、百済の滅亡後に多くの史跡、情報が消されてしまっているのでなかなか実態が分からないのだが、実際にその地を訪ねてみて得るものが多かった。作品に反映できると思う。


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